(‘’内は英語題名)
*日本からの出品作品はこちらから
華やかな雰囲気漂う、
映画祭期間中のカンヌの夜 |
◆概観◆
ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』で華やかに開幕した第64回カンヌ映画祭。オープニングセレモニーでは名誉賞「パルムドール・ドヌール」の授与も行われ、イタリアのベルナルド・ベルトルッチ監督が栄誉に浴し、今回の映画祭開会の宣言もベルトリッチ監督によってなされた。過去にカンヌ映画祭においてパルムドールを獲得していないながらも輝かしい実績を残している巨匠を讃える同賞は、近年では2002年にウディ・アレン、2009年にクリント・イーストウッド両監督が受賞している。不定期に授与される賞であったが、今年以降は毎年受賞者を決定し、開会式での贈呈を慣例化するとのことである。
メインのコンペティション部門は佳作揃いであった。ラインナップ上では最高賞であるパルムドールや次点グランプリの受賞経験者がどうしても目立つが、初選出監督、また女性監督作品の多さも注目に値した。全体の水準としてはここ数年の中では最も高いと言って過言ではない回であった。同様に‘ある視点’部門の充実ぶりも話題となっていた。結果、開催前から大本命視されていたテレンス・マリック監督の最新作『ツリー・オブ・ライフ』がパルムドールを受賞。寡作で知られるアメリカの伝説的監督の待望の新作なだけに期待値は否が応にも跳ね上がり、観る側が求めるものも格段に高くなっていたのは否めない。作品は1950年代アメリカで、厳格な父の下で育つ一少年と彼を取り巻く世界、と要約することはできるだろうが、それだけでは到底収まりきらない桁違いのスケール感で、完成された映像美と宇宙の生成を想起させる精神性の高い作品である。荘厳な交響曲にも後押しされ、いわゆる‘映画’の範囲を超えた仕上がりとなっており、賛否が分かれた。が、審査委員長・ロバート・デ・ニーロの言葉にあるように、パルムドールにふさわしい風格と完成度を備えた作品であることは確かである。下馬評が高くとも結果、意外にも無冠に終わる作品が少なからず存在するのは別に珍しいことではないが、それにしても名匠・カウリスマキ監督の最高傑作との声も多い『ル・アーヴル』が無冠に終わったのは惜しまれてならない。出品作20作の中には家族間の問題をはじめ、身近な世界での出来事を描いた作品が多かった。カンヌ映画祭プレジデント、ジル・ジャコブ氏は「これからの映画は精神性重視の人間らしさが前面に出た作品に回帰する」と語ったとのことであるが、今回のセレクションにはその兆しが如実に表れていたということだろうか。
パレ正面に掲げられた今年のメインビジュアル、
フェイ・ダナウェイ |
今年は新旧のスターたちが結集し、例年以上に豪華さが際出っていた映画祭でもあった。出品作関係で登場したのはジョニー・デップ、ぺネロぺ・クルス、ショーン・ペン、カトリーヌ・ドヌーヴ等、審査員としてロバート・デ・ニーロ、ジュード・ロウ、ユマ・サーマン。イベント等でもアンジェリーナ・ジョリー、レオナルド・ディカプリオ、レディー・ガガなど数多くの旬のスターがカンヌを訪れ、話題を提供した。またカンヌ・クラシック部門でトリビュートが組まれたジャン=ポール・ベルモンド、映画祭の今年のポスターにも起用されたフェイ・ダナウェイ、クラシック部門・コンペティション両部門で出演作品が上映され、その健在ぶりを示したシャルロット・ランプリングなど往年のスターたちの存在感も映画祭に深みを加えていた。
政治的な意味で論議が起こりそうな作品は見当たらないかと思われた今回のセレクションであったが、そんなところでラース・フォン・トリアー監督の舌禍事件が発生してしまった。映画祭事務局はトリアー監督の親ナチスととれる発言は看過できないとし、同監督を公式会場への100m以内の接近を禁ずるなど出入り禁止処分とした。が、同監督によるコンペ出品作『メランコリア』は賞の選考対象として残し、結果的には主演女優のキルステン・ダンストが女優賞を獲得した。以前から物議を醸し出す発言の多い「お騒がせ監督」であるが、今回の作品を含め、稀有な才能の持ち主であることは周知の事実である。自重を求めたい。
<もの言うカンヌ>
映画祭プレジデント、ジル・ジャコブ氏が言及しているように「社会に対する映画人からのメッセージの発信’が国際映画祭の役割の一つ」という考え方がある。政治的信条を超えて守るべき表現・言論の自由の擁護や、困難を極める状況に置かれた地域への支援の呼びかけなどがそれにあたり、カンヌ映画祭はその役割を行使することに積極的である。昨年からカンヌ映画祭が発し続けているメッセージにイランの映画監督ジャファル・パナヒの問題が挙げられる。パナヒ氏はイランにおいて反政府運動を支持したとして、昨年12月に禁固6年の刑と20年間の映画制作禁止を言い渡された。同監督は昨年のカンヌ、今年のベルリンの両映画祭に審査員として選出されたが、イラン当局の許可が下りることはなく、出国が叶わなかった。両映画祭はイラン政府の言論弾圧に対し猛烈に抗議したとのこと。昨年の開・閉会式でカンヌ映画祭関係者及び多くの映画人が同監督の釈放(当時は拘留中だった)と表現の自由を呼びかけたのは記憶に新しい。今年、カンヌ映画祭事務局は開幕直前にパナヒ監督の新作及び、やはり反政府活動に参加したとして禁錮刑を受けているモハンマド・ラソウロフ両監督の新作を公式上映に追加した。パナヒ監督には監督週間部門より功労賞[黄金の馬車賞]が授与され(これまでにジャック・ロジェ、クリント・イーストウッド、河瀬直美らに贈られた賞である)、ラソウロフ監督の『Be Omid e Didar』に対しては[ある視点部門監督賞]が贈られ、出国できない同監督に代わって夫人が授賞式に臨んだ。
ソワレ時の観客で埋まったパレ |
◆日本映画◆
カンヌ映画祭に久しぶりに日本から二作品がコンペティション部門に選出された。同映画祭の常連ともいうべき河瀬直美監督最新作『朱花(はねず)の月』とともにコンペ部門デビューを果たした三池監督作品『一命』はカンヌのコンペ部門初の3D作品という点でも話題となった。ちなみに今回は東アジア地域からのコンペ部門出品作品はこの二本のみ、という近年では珍しい事態であった。
世界からの注目度が近年飛躍的に増している園子温監督は『恋の罪』にてカンヌ映画祭にデビューを果たした。同監督らしい大胆でリズミカルな同作は監督週間での公式上映はもちろん、業者を対象としたマーケット・スクリーニングでも大盛況を博した。また短編部門にお茶ノ水大学在籍中の田崎恵美監督による『ふたつのウーテル』が出品されたことも特筆すべき快挙である。日本映画として同部門への出品は45年ぶりとのこと、田崎監督の今後の活躍を期待したい。
カンヌ・クラシックス部門では長年に亘って通訳や日本語字幕翻訳家としてフランス映画界で活躍してきたカトリーヌ・カドゥ氏によるドキュメンタリー、『黒澤、その道』が上映された。黒澤明監督の魅力と、後世の監督に与えた影響が綴られた同作、著作権問題等で日本での上映は現時点では難しいとのことで実に残念である。‘ある視点部門’のオープニング作品として上映されたガス・ヴァン・サント監督作『Restless』には日本人俳優である加瀬亮が助演男優として好演。日本人俳優の外国映画への出演も年を追って増加しており、喜ばしい傾向である。
ここ数年低調を極めていた日本における外国映画マーケットだが、ここにきて復調の兆しが顕著に現れたカンヌマーケットであった。コンペ部門に出品された作品の半数ほどがすでに日本での配給が決まっているとのことである。
日本への支援を呼びかけるポスター |
今年のカンヌ映画祭においては、3月に東日本大震災に見舞われた日本への格別の配慮が随所に見受けられ、その温かい心遣いが日本人参加者として心にしみた。公式会場・パレの入り口付近にはカンヌ映画祭事務局とフランス映画輸出組合によって義援金募金箱が設置され、担当のスタッフが通りかかる人に積極的にバッジを配っていた。募金を呼び掛けるポスターやちらし、バッジにはフランス人イラストレーターが日の丸をモチーフにデザインしたと思われる印象的なイラストが施されており、非常に好評であった。公式行事ではないが、‘Japan for Relief’と銘打ったスーパーモデル、ナオミ・キャンベル提唱のチャリティファッションショーも映画祭期間中に行われ、収益はすべて震災被災者への義援金として日本に送られたとのことである。
日本側からはジャパンブースでも募金箱を常設。募金をしてくれた人には‘ARIGATO’の文字入りのリストバンドが渡された。また
‘SAKE NIGHT’は東映が中心となってカンヌのマーケットに参加している日本映画会社各社が共同で毎年開催している交流イベントであるが、今年は様相を異にしていた。
‘SAKE NIGHT’の会場で振る舞われた酒やおつまみは東北産のものにこだわり、募金活動も行った。毎年雰囲気の良い‘SAKE NIGHT’であるが、今年はいっそうの盛り上がりをみせていた。そしてマジェスティック・ホテルで行われたTIFF/TIFFCOM主催のARIGATOパーティ。日本への激励と惜しみない支援を送ってくださった外国の方々への感謝と日本の速やかな復興をアピールすべく開催され、国内外の多くの関係者が詰めかけた。
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