公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇ベルリン国際映画祭 2011/2/10-20
Internationale Filmfestspiele Berlin
受賞結果 |
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金熊賞 |
Jodaeiye Nader az Simin(‘Nader And Simin, A Separation’) Asghar Farhadi監督 |
銀熊賞 |
審査員賞 A torinoi lo (‘The Turin Horse’) Bela Tarr監督 最優秀監督賞 Ulrich Kohler 監督 (Sleeping Sicknessに対し) 最優秀女優賞 Jodaeiye Nader az Simin (‘Nader And Simin, A Separation’) に出演の女優全体に 最優秀男優賞 Jodaeiye Nader az Simin (‘Nader And Simin, A Separation’) に出演の男優全体に |
アルフレッド・バウアー賞 |
Wer wenn nicht wir (‘If Not Us, Who’) Andres Veiel監督 |
最優秀新人賞 |
On the Ice Andrew Okpeaha MacLean 監督 |
タレントキャンパス 最優秀賞 |
「Hackney Lullabies」(UK/Japan) 三宅響子監督 |
国際批評家連盟賞 |
コンペ部門 A torinoi lo (‘The Turin Horse’) Bela Tarr監督 パノラマ部門 Dernier etage gauche gauche (‘Top Floor Left Wing’) Angelo Cianci監督 フォーラム部門 「ヘヴンズ ストーリー」 瀬々敬久監督 |
ネットパック賞 |
「ヘヴンズ ストーリー」 瀬々敬久監督 |
◆概観◆
メイン会場のベルリナーレ・パラスト |
チケットカウンター前の長蛇の列 |
第61回ベルリン映画祭は雪に悩まされた昨年に較べるとかなり穏やかな天候の中(途中から例年同様の寒さが戻ってきてしまったが・・・)、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の米国アカデミー賞作品賞候補作『トゥルー・グリット』で華々しく開幕した。昨年の第60回記念のいろいろな意味で特別な‘お祭りモード’は影を潜めたものの、いつもながらのベルリン映画祭の賑わいは健在であった。チケット売り場前に辛抱強く列を成す人々の、真剣にプログラムに見入る姿は何度目にしても敬服する光景である。そして今年も50万人以上の来場者を数えたというからさすがである。
今回の国際審査員団にはイランのジャファール・パナヒ監督が名を連ねていたが、同監督はイラン政府により反体制派と見なされ、禁錮6年と20年の映画製作禁止の判決を下され投獄中、昨年に続いて今回も参加が叶わなかった。ベルリン映画祭はイラン政府のこの措置を言論・表現の自由への侵害であるとして、開会式の壇上で強く抗議、パナヒ監督の席(もちろん空席)を壇上に設けパナヒ監督への支持を表明した。またパナヒ監督の作品5本をコンペティション、パノラマ、フォーラムなど主要部門で上映するとともに、イラン映画界に関する討論会などのイベントを組んだ。昨年のカンヌ映画祭の開閉会式でも同様の抗議声明が出されたのを思い出した。世界の映画祭は表現・言論の自由、人権問題に非常に敏感に反応し、不当な処置には毅然と抵抗する。
とにかく拡大の一途を辿るベルリン映画祭は市内中に会場が拡散している。海外ゲストとしては不便であっても、なんといっても市民視点の同映画祭。市民にとってはそれで良いのかもしれない。市民重視はもちろん理に叶っており、何の異議もないのだが、ベルリナーレ・パラストでのコンペティション作品のプレミア上映は相変わらずドイツ語字幕。トルコ映画等をドイツ語字幕で鑑賞するのは率直に言ってしんどい。同時通訳は概して気が散る上に苦痛。文字は小さくても良いから、スクリーン下への電子英語字幕の導入を考えてみてはくれないかと毎度のことながら願ってしまう。
さまざまな映画祭グッズが並ぶ売り場 |
コンペティション部門には毎年20数本が出品されるのが通例であるが、今回は16本にとどまった。アジアからは韓国作品一本のみという寂しい状態であった。そんなコンペティション部門を制したのはイラン映画『Jodaeiye Nader az Simin(‘Nader And Simin, A Separation’ ) 』 で、金熊賞、男優賞・女優賞を独占した上に各種の独立機関の賞にも選出された。ファルハディ監督は前作『彼女が消えた浜辺』でベルリン映画祭において最優秀監督賞を受賞済みで、今作にも大きな期待が寄せられていた。次点である審査員大賞に選ばれたのは、ハンガリーの巨匠ベラ・タール監督の『A torinoi lo(‘The Turin Horse’) 』。哲学者ニーチェを狂わせたと言われる馬とその御者をモチーフに、タール監督の真骨頂ともいうべき映像美が如何なく発揮された同作は国際批評家連盟賞も受賞した。この2作は映画祭期間中も批評家から好反応を得ており、批評家たちと審査員の意見が一致した結果となった。他にもケビン・スペイシー主演のアメリカ映画『マージン・コール』、レイフ・ファインズ初監督作品で、シェイクスピアを現代的に脚色した『コリオレイナス』等、見応え十分な華のある作品もあるにはあったが、インディペンデント系作品に光を当てるベルリン映画祭らしい結果に落ち着いた。
アウト・オブ・コンペ部門はかなり充実していた。コンペティションに集まるはずの注目がこちらにいってしまったとも言えるかもしれない。中でも話題を呼んだのは、2本の3D作品。ヴィム・ヴェンダース監督がドイツの誇る国際的振付家ピナ・バウシュ(一昨年、急逝)にオマージュを捧げたドキュメンタリー『ピナ』、そしてやはりドイツの巨匠ヴェルナー・ヘルツォーク監督がフランスの洞窟を訪れた『Cave of Forgotten Dreams』。両作とも3Dの特性を生かしたユニークな作品で、批評家・観客ともに感嘆の声を上げていた。『ピナ』の公式上映にはメルケル首相と文化大臣も来場し、盛り上がりは最高潮に達した。
◆日本映画◆
今年のベルリン映画祭には残念ながら日本映画の出品数は激減(昨年が多過ぎたのだが)。日本映画のみならず、韓国以外のアジア映画の影が薄かった。パノラマ部門には『白夜行』のみであったが、夜遅い時間帯での公式上映は盛況、主演女優・堀北真希氏の来訪もあり、現地のみならず日本のメディアにも取り上げられた。同部門には岩井俊二監督がアメリカで撮影をしたアメリカ・カナダ合作映画『バンパイア』も出品され話題となっていた。今季の日本映画にとって朗報は『ヘヴンズ ストーリー』(フォーラム部門に出品)の国際批評家連盟賞、NETPAC賞の受賞である。4時間半を超える実験的要素の強い作品ながら観客、批評家ともに支持を受け、各賞の受賞に至った。同作品は昨年度日本でも評価の高い作品であったが、ベルリン映画祭でのこの受賞は苦境に喘いでいる日本の独立系作品の作り手たちにとっても勇気づけられる結果と言えるだろう。フォーラム部門には長尺の日本映画が頻繁に出品され(過去に若松孝二監督『実録・連合赤軍;あさま山荘への道程(2008)』、園子温監督『愛のむきだし(2009)』)、いずれも高い評価を得ている。今回、同部門では戦前戦後にかけて活躍した渋谷実監督の小特集も組まれ、同監督の数多い作品群から選りすぐった『本日休診』『現代人』『正義派』『悪女の季節』『もず』『好人好日』『酔っぱらい天国』『大根と人参』の8本が特別上映された。渋谷監督の作品が海外でまとまった形で紹介されたのは初めてとのこと、喜ばしい企画であった。
2003年の創設以来、若手育成プラットフォームとして、世界的に高い評価と反響を呼び起こし、後進育成の国際的な手本となっているタレントキャンパス。開始以来、共通言語が英語であることも手伝ってか日本人の参加者は多いとはいえない同キャンパスであるが、今回英国在住の三宅響子監督がBerlin Today Awardを受賞したのは頼もしいニュースであった。