公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇カンヌ映画祭 2016/5/11-22
Festival de Cannes
**主な受賞結果** | ||||
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パルム・ドール | I,DANIEL BLAKE by Ken Loach (U.K) | |||
グランプリ | It’s Only the End of the World by Xavier Dolan (Canada-France) |
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審査員賞 | Andrea Arnold for American Honey (U.K.-U.S.) | |||
最優秀監督賞 | Olivier Assayas for Personal Shopper (France) Cristian Mungiu for Graduation (Romania) |
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最優秀女優賞 | Jaclyn Jose for Ma Rosa (Philippines) | |||
最優秀男優賞 | Shahab Hosseini for The Salesman (Iran) | |||
最優秀賞脚本賞 | Asghar Farhadi for The Salesman (Iran) | |||
カメラ・ドール | Divines by Houda Benyamina,(France-Qatar) | |||
ある視点賞 | The Happiest Day in the Life of Olli Maki by Juho Kuosmanen (Finland) |
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ある視点・審査員賞 | 淵に立つ 深田晃司監督 | |||
パルム・ドール名誉賞 | Jean-Pierre Leaud |
**概観**
パレ正面入口。入場には荷物検査とボディーチェックを受ける。 |
公式上映会場リュミエールへの 階段。 |
曇天の空の下、幕を開けた第69回のカンヌ映画祭。開会式前日までは雨で肌寒く、数年前の悪天候再びかと怯えたのも束の間、ほどなく無事回復した。昨年11月に発生したパリでのテロが記憶に新しく、警備の強化が予想されていた中での開幕であったが、公式会場内パレに入るセキュリティーチェックはやや厳しくなっていたものの、普通に想定の範囲内。行き来する人数の多さを考えるとひとりひとりにそう時間もかけられないのだろう。朝の開場前や最初の週末以外は行列していた印象はなかった。とはいえ、レッドカーペットの敷かれる公式上映会場、リュミエールへの入場時の荷物検査は昨年に較べ数段厳しさを増していた。あらゆる飲食物(飴まで)の持ち込みが厳しく禁じられ、チェック台の脇にはペットボトル入りの飲み物が没収物としてうず高く積まれていた。警官の数は以前とそれほど変わらないような印象をもったが、後から聞いたところでは街中には相当数の私服警官も配備されていたとのことである。結果、映画祭期間中はこれといった騒動もなくつつがなく進行した。例年通りの華やかさは健在で、公式会場周りは連日人でごった返していた。
どこよりも注目を集めるコンペティション部門には今年も選りすぐりの21本が出品された。例年以上に佳作が多く、粒ぞろいな作品群であったといえるだろう。が、『マッドマックス』シリーズで知られるジョージ・ミラー監督が審査委員長を務めた審査団の出した受賞結果は大方の予想に大きく反しており、ベテラン監督の直球の作品への最高賞も含め、プレスからは激しい論調での否定的見解が飛び交った。審査結果と報道関係者のいわゆる下馬評が一致しないのはままあることだが、今回の乖離は近年稀にみると言ってもよい。最高賞への期待さえ囁かれていたドイツのマーレン・アデ監督による『Toni Erdman』が無冠に終わったことへの驚きと失望はかなりなものがあった。さまざまな作品を継続的に見続けている報道陣と、必ずしもそうではない審査員の間にどうしても差異が生じてしまうのだろう。審査員団の構成員のバランス(職種、居住地等々)は大きな課題ではなかろうか。
‘インターナショナルビレッジ’第二会場。 日本のパヴィリオンもこちらにある。 |
最高賞パルム・ドールに輝いたのはイギリスの大ベテラン、ケン・ローチ監督による『I, Daniel Blake』。すでに確固たる評価も得ており、パルム・ドール受賞歴もある監督で(2006年の『麦の穂をゆらす風』)、一度は引退も表明している。今作もカタログの説明文を一読した限りでは既視感が否めなかったが、いざ作品を観るとそんな先入観は一蹴された。妥協もないストレートさの光る骨太な社会派作品であった。貧困を豊かに描けるその才能にも感服、個人的にはなんの異論もない。オープニング作品はもう何度のカンヌなのであろうか、と思ってしまったウディ・アレン監督の新作。が、こちらも新たな世界観を見せ、好評を博した。カンヌの申し子ともいえるジム・ジャームッシュ監督の新作も原点回帰に近い、フレッシュな佳作。もちろん皆ではないが、「常連監督」が新境地や、瑞々しさ全開の作品を発表したりもするのを目の当たりにするに、‘殿堂入り’部門が必要なのではという思いが湧いてくる。「常連監督」はやはりうまい。そうなると新規参入が枠的にどうしても難しくなる。新部門の設立も考える時期なのではないだろうか。
一昨年のイタリアの新進女性監督、アリーチェ・ロルヴァケル作『ワンダーズ』、昨年の『サウルの息子』といったように、グランプリは‘カンヌの発見系’若手作家への賞になりつつあるのだろうか、と昨年のレポートに記した。その枠の今年の受賞者はグザヴィエ・ドラン監督の『まさに世界の終わり』であった。ドラン監督は昨年、コンペティション部門の審査員を務め、一昨年は『Mommy』を発表し、ゴダール監督と審査員賞を分けたやはり‘カンヌの発見系’監督である。今作はフランスの劇作家ジャン=リュック・ラガルスの戯曲を映画化したもので、母国カナダ・ケベック州の俳優陣ではなく、フランスの有名俳優たちを起用しての意欲作であった。
夜には野外上映が行われる‘シネマ・ドゥ・ラ・プラージュ’。 |
今年もカンヌ映画祭は地道な、しかしとても重要な変更を少しずつ行った。まず朝8時半からのコンペ作品上映に際して、従来のリュミエール会場に加えて、隣接するドビュッシー会場(「ある視点」部門作品の公式上映会場)においても同時に同じ作品を上映した。これによってさらに1000名が鑑賞可能となった。また昨年、苦情続出だったチケット入手システムが改良されたとみえて、尋ねた人のほとんどがまあまあ満足している様子であった。また、カンヌ映画祭の公式ホームページの充実化も目を見張るものがあった。数か国語で表示される上に(この翻訳も向上した)、内容も過去の記録にも遡れたり、潤沢なフォトギャラリーが展開されていたり、非常に豊か。数年前は他の映画祭に較べても遅れを取っている感が否めなかったが、一気に追いついたどころか追い越している。なんというか、さすがである。
会場周辺でくつろぐ人々。 |
ポスターデザインにコンペ作品リストを加えて。 |
映画祭のシンボルであるポスターは毎回発表されるたびに話題にのぼる。ポスターはこの10年以上、俳優・女優をフィーチャーしていたが、今回は様変わりし、ゴダール監督の『軽蔑』の一シーンをモチーフにした黄色メインの絵柄。町中のホテルや店舗にはほぼ必ずといって良いくらい映画祭ポスターが掲げられており、カンヌ市中心部が黄色めいて華やいでいた。
**日本映画**
『海よりもまだ深く』の公式上映。 |
今回のカンヌ映画祭には、残念ながらコンペティション部門に日本作品は入らなかった。が、「ある視点」部門の三作品が十分な存在感を示した。是枝監督の『海よりもまだ深く』は、監督の持ち味が十分に発揮された作品として、観客・批評家どちらにも好意的に受け止められていた。深田晃司監督の初のカンヌ入りは日本国内において、朗報として大きな話題となった。「新しい」日本人監督がここしばらくカンヌの公式ラインナップに入ってゆけていなかっただけに、この選出は非常に喜ばしい。出品作『淵に立つ』は、町の鉄工場を営んでいる家族のもとを訪れた夫の旧友が住み込みで働き始めることにより、平穏だった家族の関係が崩れ、秘密が明らかになる・・というもの。深田監督は地に足のついた活動を展開し、キャリアを積み重ねてきた。『ほとりの朔子』ではナント三大陸映画祭で最高賞を受賞、同作はフランスで一般公開もされている。満を持してカンヌ入りを果たした当作はフランスとの共同製作の形を取っており、そのクオリティの高さと(もちろん良い意味での)カンヌらしい作風が評判を呼び、「ある視点」部門の18作品中、次席にあたる審査員賞に輝いた。深田監督にはぜひともカンヌ映画祭の「常連監督」の仲間入りを果たしていただきたいものである。また同作に出演し、今回も映画祭に参加していた浅野忠信氏と、『海よりもまだ深く』の樹木希林氏は昨年に続いてのカンヌ映画祭参加。「常連俳優」となりつつある。
もう一作の「ある視点」出品作品『レッドタートル』は映画会社ワイルドバンチとスタジオジブリの共同製作。高畑勲監督がアーティスティックプロデューサーを務めた。監督のマイケル・デュドク・ドゥ・ビット氏はオランダ生まれ、2001年に『岸辺のふたり』でアメリカのアカデミー賞短編アニメーション賞を獲得している。今作は無人島に流れ着いた男の一生を赤いウミガメとの出会いを鍵として描いた神秘性と詩情溢れる作品で、完成までに8年を要したとのこと。スタジオジブリを代表してプレミア上映に立ち会った鈴木敏夫プロデューサーも、プレスの好反応と観客の温かい拍手を受けて感慨深げであった。
『雨月物語』のイントロダクション。 |
カンヌ・クラシックス部門では昨年に続き、今回も日本からは二作品が選出された。ひとつは名作の誉れ高い溝口健二監督の『雨月物語』(1953年)。アメリカのマーティン・スコセッシ監督が設立した映画保存団体「ザ・フィルムファンデーション」とKADOKAWAが、マスターポジをもとに4Kデジタル修復版を作成した。『雨月物語』の撮影監督・宮川一夫氏の助手を務めた宮島正弘氏とスコセッシ監督が丹念に監修したとのことで、ビデオレターで出演のスコセッシ監督も「大満足」と太鼓判を押す見事な仕上がりとなっていた。もう一作の松竹作品、『桃太郎 海の神兵』は日本最古の長編アニメーション。保存されていた35ミリフィルムを4Kでスキャンし、2Kで修復、70年以上前に製作されたアニメーションとは思えない鮮明な映像を披露した。
監督週間、批評家週間には残念ながらどちらにも日本映画の出品はなかった。批評家週間(第1、2作目の監督作品対象)に至っては2007年の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(吉田大八監督)以来、もう10年近く入っていない。日本からの応募作品数が減っているわけではないだけに残念でならない。今回、短編部門及びシネフォンダシオン(学生映画)部門の審査委員長を務めた、カンヌ映画祭へ多くの出品歴を持つ河瀬直美監督は、日本の若手が海外へはばたけていない現状を憂い、自らが代表を務めている「なら国際映画祭」において若手人材育成プログラムを設け、若手の作品のプロデュースなどにも尽力している。他にもいくつかの機関における育成プログラムは散見する。国としても新たな才能を世界に輩出するべく、何らかの新たな方策が求められているとの思いを改めて強くした今回のカンヌであった。