公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇マラケシュ国際映画祭 2016/12/2-10
Festival Internazional du Film Marrkech
受賞結果 | |
最優秀作品賞 | The Donor Zang Qiwu(中国) |
審査員賞 | Mister Universo Rainer Frimmel & Tizza Cove(オーストリア/イタリア) |
最優秀監督賞 | Knife In The Clear Water Wang Xuebo(中国) |
最優秀女優賞 | Fereshteh Hosseini <“Parting,” Navid Mahmoudi (イラン/アフガニ スタン)> |
最優秀男優賞 | Baldur Einarsson, Blaer Hinriksson <“Heartstone,” Gudmundur Arnar Gudmundsson(デンマーク/アイスランド)> |
■日本からの出品作品■ | |
塚本晋也監督 | 「鉄男」 「東京フィスト」 「野火」 |
◆概観◆
メイン会場近くの大通り。 映画祭バナーが掲げられている。 |
モロッコ国王によって2001年に設立されたマラケシュ映画祭(2000年代にはドバイやアブダビなど中東地域で映画祭設立が相次いだ)は今年で16回目を数えた。ドバイ映画祭 がアラブ地域の映画が中心の映画祭にシフトし、アブダビは消滅などの変化を遂げてゆく中、同映画祭は基本的に方向性を変えることなく続いている。実行委員会こそ地元モロッコの人々で占められているが、実際の映画祭運営を担当しているのはフランスの広告代理店Le Publique Systeme社の映画部門である(同社はフランス国内ではドーヴィルアメリカ映画祭、ボーヌ映画祭など複数の映画祭の運営に携わっている)。マラケシュという街の魅力や映画祭のホスピタリティの充実度、また欧州から3時間ほどの飛行といった 好条件から、フランスをはじめ欧米の豪華ゲストが集結することでも知られる映画祭となっている。今回もフランス人女優イザベル・ユペールなど華やかな来訪者がレッドカーペットを 彩っていた。
ポール・ヴァーホーヴェン監督の マスタークラス。 |
恒例の「マスタークラス」も人気を博していた。映画祭を訪れたゲストの中の数人が行うのが通例となっている。今回はトリビュート授与者の中からはポール・ヴァーホーヴェン監督が
熱のこもったマスタークラスを展開し、映画を学んでいるであろう学生やモロッコ及び外国人記者で会場はほぼ満員になり、質問も時間切れになるほどの盛況を博した。国際舞
台で活躍する監督たちの生の声に触れるのは貴重で、刺激的な機会であろうことは容易に想像できる。またマラケシュ映画祭と縁が深く、今年他界したアッバス・キアロスタミ監督とモロッコの監督兼プロデューサーAbdellah
Masbahi氏の特集も組まれた。
ハリウッド映画以外の作品で構成される’映画祭’に足を運ぶ層は大学生と思われる人々をはじめ、まだまだ限られている印象は否めない。比較的広い層の人々に観劇されるのは街の代名詞的存在であるジャマ・エル・フナ広場での無料野外上映であろう。映画
祭期間中、広場の入口付近に巨大スクリーンが設けられ、毎日夜6時から一般向けに上映が行われる。「トリビュート」受賞者、もしくは審査員の誰かと何らかの関わりのある
大作系の作品がほとんどであった。特にイベントがなくとも相当な数の人でごった返しているらしい広場なので、通常に較べどれくらい「映画祭のために」盛り上がっているのかは一見の身としては判断しがたい。が、スクリーンの周りを陣取り、上映開始を心待ちにしているふうの人々が群をなしていたのは確かである。
メイン会場、 ‘パレ・デ・コングレ’内部。 |
映画祭メイン会場は新市街の中でも特に整然としている地区に位置する「パレ・デ・コン グレ」。今年11月には地球温暖化会議、COP22が開かれていた広大な施設であり、周囲にはモロッコ国旗がはためいていた。マラケシュ映画祭は毎年、一つの国を選出し、代表団を招聘し、古今の代表的な作品を上映するなど特別プログラムを組んでおり、今回
の招待国はロシア。『戦艦ポチョムキン』(エイゼンシュタイン監督)、『ノスタルジア』(タルコフスキー監督)といった往年の名作や、近年話題になった『父、帰る』『リヴァイアサン』(共
にアンドレイ・ズビャンギンツェフ監督)など、多彩な作品群が上映された。ゲストにはセルゲイ・ボドロフ監督や元モスクワ中央映画博物館館長ナウム・クレイマン氏などロシア映画界の重鎮や新進監督・俳優らの姿が見受けられ、特集国としての存在感を如何なく
発揮していた。
◆塚本晋也監督トリビュート◆
塚本晋也監督トリビュート表彰式。 プレゼンターのヤン・クーネン監督と。 |
映画祭は新進監督の作品を集めたコンペティション部門(今年は残念ながら日本映画からコンペティション部門への出品はなかった)、アウトオブコンペティション部門といった定番の部門ももちろん存在するが、すでに輝かしい実績を残している世界の「映画人」を顕彰する‘トリビュート’がマラケシュ映画祭の最も華やかかつ注目を集める部門と言って過言ではない。過去の受賞者には監督としてはマーティン・スコセッシ、デビッド・リンチ、フランシス・フォード・コッポラ、俳優ではアラン・ドロン、レオナルド・ディカプリオ、スーザン・サランドン、ジュリエット・ビノシュ、ヴィゴ・モーテンセン、ジェレミー・アイアンズ等々錚々たる顔ぶれが並ぶ。今回はフランス人女優、イザベル・アジャーニ、オランダ人監督ポール・ヴァーホーヴェン、モロッコの俳優アブデラヒム・トウンジと並んで日本の監督、俳優である塚本晋也氏が表彰された。会期中にそれぞれの受賞者に対してのセレモニーが行われ、記念のトロフィーが授与された。
トロフィーを手に。 |
日本人としては2010年の黒沢清監督以来で、青山真治監督、是枝裕和監督に次いで通算四人目。塚本監督は『鉄男』(1989)以来、四半世紀以上にわたって作品を発表し続けており、日本国内はもとより国際的にもすでに一定の地位を築いている。イタリアをはじめ特にヨーロッパでの評価が高く、ヴェネチア映画祭の常連でもある。エッジの効いた独特の作風で、クエンティン・タランティーノ監督はじめ、世界の多くの映画・映像作家に影響を与え続けてきた。今回、トリビュートの際にプレゼンターとして熱意のこもった祝辞を述べ、トロフィーを贈呈したヤン・クーネン監督も塚本監督の大ファンであり、敬意を払っていると公言してはばからない。また俳優としての活動も積極的に行っており、自作での主演のみならず、マラケシュ映画祭とも縁の深いマーティン・スコセッシ監督の次回作『沈黙』でも重要な役どころで出演を果たしている。今回は以上の点が総合的に評価されての贈賞となった。このトリビュートに際して塚本監督の三作品『鉄男』、『東京フィスト』、『野火』の三作品が期間中に上映された。過去にマラケシュ映画祭において塚本監督の作品としては、『バレット・バレエ』が一昨年の‘日本特集’で一本選ばれているが、本人の来訪は今回が初めてであった。