公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
資料探訪
『映画館 その2』 〜保存資料を探訪します〜
戦前の映画館紹介の二回目は、浅草と新宿です。
大正から昭和の初めにかけての浅草の賑わいは大変なものだったようです。
●『浅草松竹座』
多くの劇場が集まっていた浅草六区にあり、席数は千人以上ある大きなものでした。
関東大震災後の1924年に御国座を改称し、演劇の劇場としてオープンした後、1928年に外国映画の上映館になりましたが、1931年には松竹レビューの劇場に変わっています。映画館としては3年ほどでした。
隣に看板の見える「帝京座」はレビューなどを上演していた劇場です。
上映作品は「シンギング・フール」(1929年製作・1930年公開/ロイド・ベーコン監督) 初トーキーと言われる「ジャズ・シンガー」 (1927年製作・1930年公開/アラン・クロスランド監督)の予告看板が見えます。 |
●『大勝館』
浅草六区の封切り館で東和商事(現東宝東和の前身、川喜多夫妻が経営)配給作品は「帝劇」「武蔵野館」とこの「大勝館」の三館(S・Yチェーン)で同時公開という組み合わせが多かったようです。
1930年に開館した「大勝館」は1983年頃閉館しましたが、2001年に大衆演劇の専門館として、浅草に復活しています。
上映作品 「旅順港」(1935年製作・1937年公開/ ニコラス・ファルカシュ監督) |
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上映作品 「ゼンダ城の虜」(1937年製作・1940年公開/ ジョン・クロムウェル監督) |
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劇場パンフレット 左:(299)表紙/ジャック・フェデー監督作品「旅する人々」のカミッラ・ホルン 右:(336) 表紙/レーニ・リーフェンシュタール監督作品「美の祭典」 (ベルリンオリンピック映画「民族の祭典」の第二部) |
●『武蔵野館』
建物はビルに変わってしまいましたが、今も新宿にある同じ映画館です。
左:1924年当時の武蔵野館 右:1940年当時の武蔵野館 本来封切館ですが、この時は日替わりで上映しています。 看板に見える4作品は1939年末から1940年初めにかけて他の劇場で封切られた作品です。 |
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劇場パンフレット 凝った素敵な装丁が多いので、時代を追って幾つか載せてみました。 大正11年(1922年) 小さな方(左)は差し込まれている英字解説 |
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大正13年(1924年) |
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大正15年(1926年) 右端は次週予告ページ |
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左より昭和2年(1927年)、昭和6年(1931年)、昭和13年(1938年)のもの |