公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇ベルリン国際映画祭 2013/2/7-17
Internationale Filmfestspiele Berlin
**受賞結果** | ||||
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金熊賞 | 『Child’s Pose 』 Calin Peter Netzer 監督 | |||
銀熊賞 | 審査員賞 |
『An Episode in the life of an Iron Picker』 Danis Tanovic 監督 |
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最優秀監督賞 |
David Gordon Green監督: 『Prince Avalanche』でのディレクションに対し |
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最優秀女優賞 |
Paulina Garcia: 『Gloria』での演技に対し |
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最優秀男優賞 |
Nazif Mujic: 『An Episode in the Life of an Iron Picker』 での演技に対し |
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最優秀脚本賞 |
Jafar Panahi: 『Closed Curtain』の脚本に対し |
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芸術貢献賞 |
Aziz Zhambakiyev: 『Harmony Lessons』の撮影に対し |
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アルフレート・バウアー賞 | 『Vic+Flo Saw a Bear』 Danis Cote監督 | |||
最優秀新人作品賞 |
『The Rocket』 Kim Mordaunt監督 (Generation K-Plus部門) |
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国際批評家 連盟賞 |
コンペ部門 | 『Child’s Pose』Calin Peter Netzer 監督 | ||
パノラマ部門 | 『Inch’Allah』Anais Barbeau-Lavalette 監督 | |||
フォーラム部門 | 『Hemel』Sasha Polak監督 | |||
Berlinale Camera (貢献賞) |
Isabella Rosselina, Rosa von Paunheim, Richard Linklater | |||
Honorary Golden Bear (名誉賞) |
Claudia Lanzmann | |||
エキュメニカル賞・フォーラム部門スペシャルメンション | 『先祖になる』池谷薫監督 |
**概観**
ショッピングセンター“アルカデン”内 映画祭期間中は公式グッズ売り場や チケットブースが設けられている。 |
街中に溢れる熊、熊… |
それなりに寒いとはいえ、ここ数年の中では一番過ごしやすかった第63回ベルリン映画祭。今回の審査委員長でもある、ウォン・カーウァイ監督の最新作『The Grandmaster』(アウト・オブ・コンペティション部門)とともに幕を開けた。同作に主演した中華圏の誇るスター、トニー・レオン、チャン・ツィイーの登場がオープニング上映に華を添えた。
映画祭事務局の発表によれば今年のチケット総売り上げ数は30万枚以上。「観客動員数世界一の映画祭」の座は今年も保持できるにちがいない。チケットブースの前には例年同様にベルリン市民がチケットを求めて、毎日朝から長蛇の列を作っている。それを目にするたびにいつもの光景であっても圧倒され、不思議な感動がこみ上げてくる。チケットブースの上には各回のチケット状況が電光表示されており、列に並んでいる人々が不安げに見つめたりしている。チケットはインターネットでの予約が可能な仕組みではあるが、アクセスが多すぎてなかなか繋がらないことがままあるため、当日券を入手すべく早起きして出てくるのだそうだ。ベルリン市民はそこまで熱心な映画ファンが多いのかと思いたくなるところだが、必ずしもそうでもなく、あくまでもこの時期の「お祭りへの参加」という意識の人々も少なくないそうである。とはいえ、この数字はすごい。そして鑑賞するからにはとことん熱心に、という姿勢はやはり素晴らしい。上映後の質疑応答では質問・コメントが続出し、30分近くに及んで時間切れになっても、さらにロビーで監督や俳優などの作品関係者を囲んで盛り上がっていることも頻繁にある。近年の傾向として、この質疑応答をドイツ語ではなく、英語で行うという流れに移行してきている。映画の上映もほとんどの作品が英語字幕版といっても過言ではない。外国人で同映画祭に参加する者としてはありがたい傾向である。が、英語の字幕を読むのはほぼまったく問題はないものの、質問するとなると英語が壁となって躊躇してしまうドイツ人観客も少なからずいる、と聞くと少々複雑な気分になる。ちなみにコンペティション部門と特別上映作品、パノラマ部門の一部作品に限ってはグランド・ハイアットホテルでの公式記者会見という形を取っている(そして同ホテルへのスターたちの出入りをひとめ見ようと、ホテル入口近くに多くの人が陣取っている)。
公式上映会場、 “ベルリナーレ・パラスト”正面 |
コンペティション部門は一昨年、昨年のように‘絶賛’された作品は残念ながら出なかった。その中でも注目された作品としてはまずチリ映画『Gloria』が挙げられる。同作は会期中もかなり評判となっており、特に主演のPaulina Garciaの演技は主演女優賞の呼び声が高く、そして実際に受賞に至った。映画祭併設のヨーロピアン・フィルムマーケット(EFM)でのセールスも好調であったそうだ。結果、金熊賞に選ばれたのはルーマニア映画『Child’s Pose』。『Gloria』も『Child’s Pose』も熟年女性が主役であったのはなかなか興味深い。
また派手さはないものの、「意外な発見」として、非常に好意的な反応を得たのはカザフスタンの新鋭Emir Baigazin監督による『Harmony Lessons』。いじめの被害者である少年が加害者の少年を殺してしまうまでを清冽な映像美をもって描き切ったこの作品は、会期終盤に上映され、撮影監督が芸術貢献賞を受賞した。なお同作はベルリン映画祭の製作助成システム、ワールド・シネマファンドから助成を受けており、かつBaigazin監督はタレント・キャンパスのかつての受講者である。新たな才能の育成にも力を注ぐベルリン映画祭側にとっても喜ばしい結果であったに違いない。
今回Berlinale Classicsと銘打った、クラシック作品を特集する部門が新設された。もともと充実したレトロスペクティブ部門を有するベルリン映画祭であるが、この新設部門はデジタル化された名作を上映する枠というコンセプトとのこと。時代に即応した部門といえるだろう。今回上映された5本の中には小津安二郎監督『東京物語』も含まれていた。
**日本映画**
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チケットブース前の長蛇の列 |
前回、前々回に続き今年も日本からのメインコンペティション部門への出品作はなかった。そして例年1本以上はコンスタントに選ばれていたパノラマ部門にも今回は皆無であった。例年通り日本から相当数の作品の応募があったことを鑑みると残念でならない。
さらに残念だったのはベルリナーレ・スペシャル部門に出品された『東京家族』の山田洋次監督が新作の撮影中とのことで、来訪が叶わなかったことである。キャスト陣も皆、スケジュールの都合がつかなかったとのことであった。事情は察せられるとはいえ、同作の華やかな国際舞台でのお披露目の場であるはずであり、やはり寂しいものがあった。
今回、正式出品された日本映画で特に話題となっていたのはジェネレーション部門の中野量太監督作『チチを撮りに』とフォーラム部門の池谷薫監督によるドキュメンタリー、『先祖になる』と言えるだろう。フォーラム部門では木下恵介監督のミニ特集として5作品が会期中に上映、それら5作品は昨年の木下監督生誕100周年にあたって作られたニュープリントでの上映であった。映画祭期間後はさらに同監督の代表作『二十四の瞳』『カルメン故郷に帰る』を含む6本がアーセナル劇場にて上映、計11本が紹介されたことになる。フォーラム部門は日本映画のクラシック作品をコンスタントに紹介し続けてくれており、固定ファンもしっかり獲得しているとのことである。
ジェネレーション部門に『NINJA&SOLDIER』を出品した平林勇監督は、2年連続での選出という快挙を遂げた。同監督のいわゆるアートアニメーションはベルリン映画祭をはじめ、カンヌ、ヴェネチア、ロカルノ等々、錚々たる場での上映を果たしている。昨年、和田淳監督作『グレート・ラビット』(やはりアートアニメーションであった)が短編部門での銀熊賞を受賞し、日本国内でも大きく取り上げられたのは記憶に新しいが、日本のアニメーションは長編のみならず、短編も非常に質が高く、国際的評価もすでに十分得ている。が、それらの多くがアート色の強い作品であるために日本国内では上映の機会がかなり限られてしまっている、との嘆きの声を関係者の方々からうかがった(テレビ局も放送するに難色を示すという)。和田監督も昨年、受賞に際し、アートアニメーションのより広い規模での認知を訴える趣旨のコメントをしていた。日本でも特別な映像祭など以外にも、人々の目にふれる機会を増やす方策が取れないものだろうか、との思いを強くした。(一般の映画館での長編映画上映の上映前などに、短編をセットにするなど)
**追記**
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マーケット会場前の “グロピウス・ミラー・レストラン” 映画祭期間のみ開業 |
映画祭の発表によると、今回のベルリン映画祭には124か国から、19.630人の映画関係者が正式に登録し、参加したという。カンヌ映画祭と並ぶ、まさに世界中から人々が集う国際映画祭である。が、規模が拡張し続け、市内に点在する上映会場は計20会場以上、映画関係者が主に足を運ぶのはポツダム広場付近だが、そのエリアだけでも10以上の会場が存在する。それぞれの「持ち場」が分散していることから、人々に偶然会うことが激減した。どうも私に限ったことではないらしく、「事前の約束なしではなかなか人に会えなくなった」とのつぶやきを今回はかなり耳にした。‘偶然ばったり会う’のは、‘約束して会う’とは別の楽しみがあった。と、今になって思う。