公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇カンヌ映画祭 2013/5/16-27
Festival de Cannes
**受賞結果** | ||||
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パルム・ドール | LA VIE D'ADELE - CHAPITRE 1 & 2 (Blue is the warmest colour) by Abdellatif KECHICHE | |||
グランプリ | INSIDE LLEWYN DAVIS by Ethan COEN, Joel COEN | |||
審査員賞 | SOSHITE CHICHI NI NARU (『Like Father, Like Son』) by KORE-EDA Hirokazu | |||
最優秀監督賞 | Amat ESCALANTE( for『HELI』) | |||
最優秀女優賞 | Berenice BEJO (in『LE PASSE(The Past)』 by Asghar FARHADI) | |||
最優秀男優賞 | Bruce DERN (in『NEBRASKA』 by Alexander PAYNE) | |||
最優秀賞脚本賞 | JIA Zhangke (for 『TIAN ZHU DING (A Touch of Sin)』 | |||
カメラ・ドール | ILO ILO by Anthony CHEN | |||
ある視点賞 | L'IMAGE MANQUANTE (『The missing picture』) | |||
ある視点審査員特別賞 | OMAR by Hany ABU-ASSAD |
**概観**
ポール・ニューマンと 妻・ジョアン・ウッドワードの 『A New Kind of Love(パリが恋する時)』 をモチーフにした公式ポスター |
第66回カンヌ映画祭はバズ・ラーマン監督の3D作品『華麗なるギャツビー』で開幕した。主演俳優レオナルド・ディカプリオやラーマン監督の登場はもちろんのこと、物語の舞台である‘狂騒の1920年代’さながらに、ダンサーたちがレッドカーペットでチャールストンダンスを踊ったり、と雨の中ながらも華やかな幕開けとなった。コンペティション部門には今年も錚々たる監督たちの名が並んだ(今回もコンペ部門に出品された作品のほとんどが日本での配給が決まっているそうである)。が、輝かしい実績のある監督たちとはいえ、新作の出来栄えは観てみないことにはわからない。それがスリリングでもあるのだが。今回のコンペ部門の一番の話題は審査員長をスティーブン・スピルバーグ監督が務めることであった、と言っても過言ではないだろう。審査される側の監督たちの多くもこの「スター監督」に対して特別の思いがあったのではないだろうか。受賞後の会見の、是枝裕和監督の「スピルバーグ監督に名前を呼ばれた、ということに感動した」との発言がそれを端的に表している。一見、カンヌ映画祭とは関係のなさそうなイメージのスピルバーグ監督であるが、長編第一作『続・激突!カージャック』で第27回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞している。
近年充実の 〈ショートフィルム・コーナー〉 |
ジャパンブース。 カンヌにおける日本映画の 情報提供の拠点 |
会期前半は佳作揃いであったが、圧倒的な出来栄えのものはなく、全体的にいまひとつ物足りなさが残った。が、終盤に差し掛かって登場したのがフランスからの出品作『LA VIE D'ADELE - CHAPITRE 1 & 2』。同作のアブデラティフ・ケシシュ監督はチュニジア生まれのフランスの監督で、セザール賞2度の受賞など実績のある監督ではあるが、今回に限っていえば上映前は期待値が特に高かったわけではなく、賞の本命視されていたとは言い難い。3時間の長尺に加え、女性同士の恋愛ものという主題的にも微妙かと思われたが、プレス試写、公式上映ともに絶賛を浴び、一気に賞レースの筆頭に躍り出て、そのまま受賞を勝ち取った。メインキャストのふたり女優レア・セドゥとアデル・エグザルチョプロの瑞々しく、リアルな演技は圧巻であった。スピルバーグ審査委員長は同作へのパルム・ドール授与に際し、ケシシュ監督とともに2人の主演女優を特別に壇上に呼び、「3人に」授与した形にしたが、これはきわめて異例の措置であった。「ひとつの作品に複数の賞を授与できない」という規約があるため、女優賞込みでの贈賞との意味合いがあったものと推測できる。折しもフランスでは映画祭期間中に同性婚が合法化され、それに対して国論が二分されている中でのこの贈賞、スピルバーグ氏は「政治的意味合いは一切持たせていない」旨の発言をし、実際そうなのだと思われるが、絶妙なタイミングなのは確かではある。次席のグランプリは円熟のコーエン兄弟作『INSIDE LLEWYN DAVIS』。こちらも称賛一色であった作品で、納得の受賞といえる。スピルバーグ監督をはじめ、俳優と監督だけで構成された9人の審査員団の判定が注視されていたが、概ね予想に違わぬ順当な受賞結果であった。
硬軟織り交ぜた話題を常に提供し続けるカンヌ映画祭。今年は宝石の窃盗事件や、発砲事件など不穏な事件が相次いで発生した。前者は映画祭公式スポンサーである宝石メーカーが、レッドカーペットに登壇するスターに貸し出すために用意していた宝石がホテルの部屋から金庫ごと盗まれるという、映画さながらの展開で映画祭前半の大きな話題(?)となった。他にもパスポートや金品の盗難事件をあちこちで耳にした。
海辺でのパーティーや ミーティングも頻繁に行われる |
天候は今年も厳しかった。昨年よりはまだ少々良かったとはいえ、今年もかなりの悪天候に見舞われた。特に前半は雨づくし。そもそも雨向きにできていない町なだけに道路の水はけも悪く、庇も少なく大雨の時は悲惨である。ビーチでのパーティ、野外上映、それに開場を待つ際の列(たいていの場所には屋根がない)も雨には泣かされまくる。残念なことに是枝監督の『そして父になる』の公式上映日は雨のピーク日であった。一日中降りしきる雨の中を撮影や取材に応じ、レッドカーペットを歩き、と果敢に日程をこなしていたチームがお気の毒であった。後半は太陽がみえる日も多かったがそれでも肌寒く、結局、映画祭期間中一度も半袖姿にはならなかった。10年ほど前の写真をみると半袖やノースリーブ、サンダルといった姿でしっかり映っている。気候変動、なのだろうか・・・。
**日本映画**
強い日ざしの下、 辛抱強く開場を待つ人々 |
今回のカンヌ映画祭においては久しぶりに日本映画が注目を集めた。そして日本国内においても近年で最も盛り上がりをみせた回であった。今回、日本からはメインのコンペティション部門に2作品が選出された (正確には3作品:後述参照)。一昨年も二作品の出品であったが報道量はかなり限定的であったのに対し、今回は出演俳優が国内でかなりの知名度を持つ人々で、両作品の製作にテレビ局が関わっていたことなどから、テレビをはじめとするメディアが大々的な報道を繰り広げた。結果、是枝裕和監督作『そして父になる』が審査員賞を受賞。6年間育てた息子が出生時に病院で取り違えられていたことが分かった2組の家族の葛藤を、特にエリートサラリーマンである父親に焦点を当てて描いた物語で、「家族とは?」という普遍的な問いかけが広く支持され、現地でも受賞の呼び声が高かった。日本映画のコンペティション部門での受賞としては2007年の河瀬直美監督作『殯の森』以来の快挙であった。もう一作は三池崇史監督作『藁の楯』。三池監督は3年連続のカンヌ出品となった(コンペ部門は二度目)。被害者家族から巨額の懸賞金をかけられた凶悪犯を護送するSPと刑事をめぐるサスペンスアクションで、同名の小説が原作となっている。本作を含め、三池作品はいわゆるカンヌの出品作とは大きく性格を異にする・・と思われがちだが、実はそうでもない。「いわゆるカンヌの作品」ということで一般的に想起されるのは、難解で芸術性の高い作品であろう。もちろんそれは間違っていないのだが、そのタイプの作品ばかりではない。クエンティン・タランティーノ監督が『パルプ・フィクション』で最高賞を受賞してから約20年。その後もパク・チャヌク、ポン・ジュノ、ジョニー・トーといった商業性・娯楽性が前面に出る、パンチの利いた作風の監督も準・常連となっている。『ドライブ』のニコラス・ウィンディング・レフン監督も近年の「カンヌの発見」である。映画は芸術であり、また娯楽でもあるという世界共通の認識をカンヌ映画祭は忘れてはいない。このバランス感覚もカンヌが長きにわたって世界屈指の映画祭として君臨している一因であろう。日本の三池監督も確かな実力を備えたこのカテゴリーに入る監督として認知され、カンヌに関わる人々に熱烈な支持を得ているのだと思われる。さまざまなジャンルの作品を縦横無尽に作り上げ、どれもそれぞれ違っていながらもどれもどこまでも三池作品。その独特の世界観と高レベルの演出術に魅せられる三池監督作品の大ファンは世界のいわゆる映画業界人には実に多い。『藁の楯』に関しては辛い評価が多かったが、同作の海外セールスは順調であったとのことである。
‘3本目の日本作品’は最優秀脚本賞に輝いたジャ・ジャンクー監督の『TIAN ZHU DING(A Touch of Sin)』。中国で実際に起こった4つの事件をモチーフに、急激な経済成長の中、さまざまなひずみが生まれている現代中国への社会批判を、武侠映画の要素を織り交ぜたバイオレンスを用いて描いた。会期前半で最も刺激的で、評価も高かった作品である。監督・キャスト、スタッフの多くが中国人である同作であるが、製作には日本の会社数社が名を連ねている日中合作で、メインプロデューサーはオフィス北野の市山尚三氏。市山氏はジャ監督を10年余にわたって支え続け、秀作を生み出している(『長江哀歌』は2006年のヴェネチア映画祭金獅子賞受賞)。ジャ・ジャンクー監督も受賞に際してオフィス北野及び市山氏への謝辞を述べていた。国境を軽々と越えて目覚ましい活動を続けているこの両者のコラボレーションに今後も注目していきたい。
人でごった返す 公式会場〈パレ〉前 |
ある視点部門、シネフォンダシオン部門、及び別運営による監督週間、批評家週間いずれにも残念ながら今年も日本作品の姿はなかった。いずれも新進・中堅の作家たちの作品が多く上映されるセクションであり、海外の人々にとって‘新しい’日本の才能を披露する場となりうるのであるが、なかなかこの枠に入ってゆけていないのが現状である。カンヌのみならず、名だたる国際映画祭での上映が叶う日本人監督は、すでに一定の評価を確立した、ごく少数の人々に限られてきてしまっている。そんな中での朗報は短編コンペティション部門の佐々木想監督作『隕石とインポテンツ』であろうか。同作は経済産業省のコンテンツ産業強化対策支援事業の助成を受けて製作され、今回3500本以上の応募の中からコンペティション部門9本の中に選出された。カンヌ映画祭は近年短編部門を充実させるべく、力を注いでいる。短編部門は<コンペティション部門>と<ショートフィルムコーナー>で構成されており、<ショートフィルムコーナー>においてはワークショップや講演会を催し、ネットワークの構築やプロモーションのための出会いの場を提供している。今年からはメイン会場であるパレ内の地下入口付近(人の往来が多い好位置)に、広々としたスペースを確保。毎日ハッピーアワーを設けたりしたことも手伝ってか、若手短編製作者及びその関係者と思われる人々で常時賑わっていた。
カンヌ・クラシックス部門では小津安二郎監督の『秋刀魚の味』(1962年)が上映された。東京国立近代美術館フィルムセンターと松竹が共同で進めている同監督のカラー4作品のデジタルリマスター版製作プロジェクトの第一弾。プレゼンターは是枝監督とジャ・ジャンクー監督が務めるという豪華な演出も素晴らしかった。両監督、それぞれが小津監督作品への思いを語った。近年の名作の復元熱を受け、『秋刀魚の味』以外にも往年の名作が目白押しで(アラン・ドロン氏臨席による『太陽がいっぱい』、ジャン・コクトー監督没後50周年記念『美女と野獣』、シネマテークフランセーズにより復元された『シェルブールの雨傘』、等々)大充実のクラシックス部門のラインナップであった。
今回は審査員団の中に、河瀬直美監督が入っていたのも日本にとって明るい話題のひとつだった。ここしばらく三大映画祭の審査員に日本人の姿がみられなかった。カンヌ映画祭においては故石岡瑛子氏以来17年ぶりだという。各地の映画祭事務局の人々から、日本人の審査員を招きたいと考えている、という声はよく聞くのだが、なんといっても英語でディスカッションが可能な人材が望ましい、という点がネックになっている。もちろん英語ができればそれで十分なわけではないが、通訳を介さずに審議に参加できるかどうかは大きい。分野を問わず、「世界」を目指す人々は流暢とまではいかなくとも、コミュニケーションが成り立つだけの‘道具’としての英語がやはり必要、だと思わざるを得ない。アジアの他国の若手映画人には英語に長けている人々が実に多い。
上述の通り、今回はカンヌ映画祭報道が非常に多かった。が、そのほとんどが日本関係の話題のみに終始していたのが仕方ないとはいえ、少々残念な気がした。自国の関連する話題に関心がゆくのはごく自然なことではあるのだが。今回の大々的な報道がより広域な「映画」全般への興味を促す契機となってくれていたら素晴らしい、との思いを強くしている。