公益財団法人川喜多記念映画文化財団

千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル

国際交流

映画祭レポート


◇ヴェネチア国際映画祭 2013/8/28-9/7
  Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica

 

**受賞結果**
金獅子賞
(最優秀作品賞)
SACRO GRA (Italy, France)
by Gianfranco Rosi 
銀獅子賞
(最優秀監督賞)
Alexandros Avranas
for MISS VIOLENCE (Greece)
審査員特別大賞 JIAOYOU (Chinese Taipei, France)
by Tsai Ming-liang
最優秀男優賞 Themis Panou
(MISS VIOLENCE での演技に対し)
最優秀女優賞 Elena Cotta
(Emma Dante 監督作‘VIA CASTELLANA BANDIERA’ <Italy, Switzerland, France>での演技に対し)
MARCELLO MASTROIANNI賞
(最優秀新人俳優賞)
Tye Sheridan
(David Gordon Green 監督作 ‘JOE’での演技に対し)
最優秀脚本賞 Steve Coogan,Jeff Pope
Stephen Frears (United Kingdom)監督作 ’PHILOMENA’ に対し
審査員特別賞 DIE FRAU DES POLIZISTEN (Germany)
by Philip Groning
LION OF THE FUTURE
“LUIGI DE LAURENTIIS”
VENICE AWARD
(最優秀第一作監督作品賞)
WHITE SHADOW (Italy, Germany, Tanzania)
by Noaz Deshe
オリゾンティ部門最優秀作品賞 EASTERN BOYS (France)
by Robin Campillo
国際批評家連盟賞 Tom a la ferme (Canada,France)
by Xavier Dolan
GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT
(生涯功労賞)
William Friedkin
JAEGER-LECOULTRE GLORY TO THE FILMMAKER
(監督ばんざい!賞)
Ettore Scola

(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

会場の敷地内には
獅子像がたくさん
 

 今年、ヴェネチア映画祭は70周年を迎えた。ここ数年、いくつかの映画祭で「60数回」を数えているのを目にすることはままあっても、「70」はヴェネチアのみである。世界最古の映画祭であることを実感する。今回は70回記念として、“Venezia 70 - Future Reloaded(ヴェネチア70−フューチャー・リローデッド)“との名を冠した短編集が一挙上映された。この短編集はヴェネチア映画祭が、縁の深い70人の監督たちに「映画の未来」をテーマに製作を依頼したものである。60−90秒が発注された時の原則だったようだが、90秒を超えている作品も少なくない。ベルナルド・ベルトルッチ、ポール・シュレーダー、アッバス・キアロスタミ、ウォルター・サレス、アモス・ギタイ、キム・ギドクなど、世界の錚々たる監督たちとともに、日本からは塚本晋也・園子温両監督の作品が収められていた。(この作品集は現在、ヴェネチア映画祭のウェブサイトから視聴できる。)

 今回の映画祭の中でもいくつかの大きな話題があった。まず、ドキュメンタリー作品が初めて最高賞である金獅子賞を受賞。そもそもヴェネチア映画祭のコンペティション部門にドキュメンタリーが含まれたのも初めてである(しかも2本)。受賞作『Sacro Gra』は、ローマを走る巨大な環状道路’Gra’周辺に住む人びとの日常を新鮮な切り口で見つめた作品。1998年以来、15年ぶりのイタリア映画の最高賞受賞ということで、このニュースにイタリアのプレスは大いに沸いた。

レッドカーペット
前に集まる観客
 
ライトアップされた
夜の公式上映会場
 

 もうひとつは宮崎駿監督の長編映画製作からの突然の引退発表であった。今や世界規模での人気を誇る同監督の引退ということで、海外メディアにも速報として取り上げられていた。その数日後にはやはり新作『STRAY DOGS』がコンペ部門に出品されていた台湾のツァイ・ミン・リャン監督も引退を暗示。こちらはまだ50代前半なだけに別の驚きをもって受け止められた。『STRAY DOGS』は今年新設された‘審査員大賞’を受賞した。

 審査員長はイタリアの巨匠、ベルナルド・ベルトリッチ監督。体調がおもわしくない中であったが、映画祭ディレクター、アルベルト・バルベラ氏の誠意と熱意に溢れた手紙に心を打たれ、審査員長の任を引き受けたという。ベルトリッチ氏他8名の審査員の中には作曲家・坂本龍一氏も含まれていた。坂本氏はかつてベルトリッチ監督作『ラスト・エンペラー』の音楽で、アカデミー賞など数々の受賞歴を持つ。20年以上を経てともに審査に関わるとは本人たちも感慨深いものがあったのではないか。他にアジアからは中国の監督・俳優Jiang Wen氏、それ以外は欧州の俳優らで構成されていた。

 20本のコンペ作品は著名な監督から長編デビューの監督まで、多彩な顔ぶれが並んだ。ジャンルもドラマ、伝記、アニメーション、SF、そしてドキュメンタリーと幅広く、その表現方法もクラシックな作りから実験的なものまで多岐に亘っていた。今年のコンペ作品の特徴を敢えて挙げるとすると、「日常の中に潜む暴力を扱った作品」が不気味な存在感をみせていたことであろうか。審査員団の中で圧倒的な支持を集めた作品は見当たらず、意見が割れ、審査は難航したという。それならば賞の授与がより意味を持つであろう、インディペンデント系作品や新進監督たちへの贈賞を、と考えた(と思われる)審査員団の決断は妥当と言えそうである。賛否の分かれる『MISS VIOLENCE』が監督賞・男優賞を受賞したが、この作品はギリシャのAlexandros Avranas 監督の2作目の作品。賛否、というよりも「好悪」の分かれた作品であった。また、野心的なスタイルで家庭内暴力を描いたドイツ映画『DIE FRAU DES POLIZISTEN (警察官の妻) 』は審査員特別賞に選出された。批評家・観客ともに評価が一番高かったスティーブン・フリアーズ監督作『PHILOMENA』は脚本賞に落ち着いた。ジュディ・デンチの名演も光り、いろいろな意味で一般映画館で高く評価されるであろう良作なのだが、こういったタイプは映画祭でのトップの賞からは外されがちである。金獅子賞からはじまって、かなり下馬評との開きのある選考結果であったが、別にそう珍しいことではない。それぞれの審査員団の構成員、審査基準が違っていれば結果も変わる。その事実を今回は改めて認識させられた気がする。



**日本映画**

『風立ちぬ』チームに
拍手を送る観客
 

 アジア映画が比較的少なかった中、日本からは新作4本、旧作3本が正式出品された。会期前半に上映された『地獄でなぜ悪い』から、閉会前日の『許されざる者』まで、会期を通して日本映画の存在感は強固だった。

 コンペティション部門に出品の宮崎駿監督『風立ちぬ』は、同部門唯一のアニメーション作品でもあった。昨年の北野武監督と並び、ヴェネチア映画祭の常連ともいうべき宮崎監督、前作『崖の上のポニョ』、前々作『ハウルの動く城』に続く三度目の出品である。イタリア及びヨーロッパにおける宮崎監督人気もたいへんなものがある。宮崎監督の来訪が叶わなかったのを惜しむ声があちこちから上がっていた。作品選定の段階で、ヴェネチア映画祭は「ワールドプレミア(世界初上映)作品であることが条件」との応募規約を今回は徹底する、としていた。実際、出品作品長編54本のうち、ワールドプレミア作品が52本を占め、例外としてインターナショナルプレミア(自国以外では初上映)作品がコンペ部門とアウト・オブ・コンペ部門にそれぞれ1本ずつ。その稀な2本のうち1本が宮崎監督の『風立ちぬ』であった。ヴェネチア映画祭の同作品への思い入れの強さがうかがえる。今回の『風立ちぬ』もまずまずの高評価を得ていたが、宮崎ワールド特有のファンタジー要素がごく僅かだった点が物足りなく思えた観客も少なくなかったようだ。また、とても安定した出来であったことも、’驚き’をキーワードに選考に臨んだベルトリッチ監督以下の審査員団には訴えるところが少なく、惜しくも受賞には至らなかったのかと思われる。公式上映日の記者会見に登壇したスタジオジブリ社長・星野康二氏から述べられた「宮崎監督引退」は、大きな国際ニュースにもなった。

『キャプテンハーロック』
の記者会見
 
『キャプテンハーロック』上映前のパーティ。
映画祭ディレクター、バルベラ氏を囲んで
 

 アウト・オブ・コンペ部門には2作品の出品となった。一作目は松本零士氏の漫画原作の映画化である、『キャプテンハーロック』。日本ではテレビアニメーションとして70年代に人気を博した。今回の映画化では最新のCGを駆使した3D作品として、スケール感たっぷりの見応えのある仕上がりとなっていた。イタリアでも同作や『銀河鉄道999』など松本零士氏の漫画は大人気とのことで、松本氏の登場にイタリアのファンの歓声が上がっていた。

 もう一作は李相日監督による『許されざる者』。こちらは名作ハリウッド映画のリメイクであり、また主演の渡辺謙氏の知名度などもあって、アメリカのメディアもかなりの関心を示していた作品である。上映後には一様に好意的な批評が並んだ。アウト・オブ・コンペの二作品は日本公開をヴェネチア映画祭直後に控えていたが、同映画祭での高評価が追い風になるであろうことを期待したい。

 さらにオリゾンティ部門には園子温監督の『地獄でなぜ悪い』が出品された。園監督も過去に『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』の出品、後者では主演俳優ふたりがマストロヤンニ賞(最優秀新人俳優賞)の受賞、といったようにヴェネチア映画祭と縁の深い監督である。今回はエンターテインメント性の高い作風で場内を大いに沸かせた。尚、同作主演の国村隼氏は『風立ちぬ』(声の出演)、『許されざる者』にも出演しており、関係した作品3作品が公式出品されるという稀有な事態となっていた。

 王道アニメーション、SFアニメーション、ハリウッド名作の本格派リメイク、極上のB級作品、とそれぞれ毛色の異なる4作品の出品が叶い、日本映画の多様性が図らずも反映されたセレクションであった。

 昨年創設されたヴェネチア・クラシックス部門には松竹作品『彼岸花』と『夜の片鱗』、イギリスでデジタル復元された大島渚監督作『戦場のメリークリスマス』が登場。『戦場の〜』はプロデューサーのジェレミー・トーマス氏、主要人物を演じた坂本龍一氏の臨席のもと、上映が行われた。



**市民と映画祭**

カメラマンたちも正装
 
憩いの場、
“Biennale Village”
 

 短編作品集‘Venezia 70-Future Reloaded (ヴェネチア70−フューチャー・リローデッド)’の上映以外に70年を記念しての特別の行事は設けられなかったが、ジョージ・クルーニー、サンドラ・ブロック、スカーレット・ヨハンソンらのハリウッドスターや地元イタリアの著名人たちが次々にレッドカーペットを飾り、映画祭らしい華やかさを演出した。レッドカーペット取材のカメラマンたちも正装で臨んでいる。カンヌ映画祭のみでみられる光景かと思っていたがここ、ヴェネチアも同様であった。(今回気づいたことであるが、いつからなのだろう。)ヴェネチア映画祭は全体の優雅な雰囲気と比例するかのように、レッドカーペット見物に来る人々もどこかのどかで、人は多くても「殺到している」感じはない。

 ヴェネチア映画祭ではカンヌ映画祭とは異なり、映画関係者以外の人々も普通にチケットやパスを購入し、作品の鑑賞が可能であり(カンヌ映画祭が例外的なのだが)、ヴェネチア本島や近隣の町から訪れる観客も多い。が、会場は海岸と住宅地に挟まれたエリアに位置しているだけに、ごく近所には食事ができる場がとても少ない。映画関係者はもちろんだが、はるばるやって来る観客の人々が手軽に飲食を楽しみ、休息を取れる場として、Biennale Villageがメイン会場の表側と裏側に設けられていた。バール形式の軽食処、テイクアウトのピッツェリア、開放的なオープンエアのフードコートのような作りで、料理の質も空間の快適さも昨年以上に充実。会期を通じて好天に恵まれていたこともあり、多くの参加者たちが憩いの場として、ここで寛いでいた。‘居心地が良いこと’も映画祭の重要な一ファクターである。




映画祭情報トップページへ