公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇ベルリン国際映画祭 2014/2/6-16
Internationale Filmfestspiele Berlin
**受賞結果** | ||||
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金熊賞 | 『Black Coal, Thin Ice』 Diao Yinan監督 | |||
銀熊賞 | 審査員賞 |
『The Grand Budapest Hotel』 Wes Anderson監督 |
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最優秀監督賞 | Richard Linklater監督:『Boyhood』 | |||
最優秀女優賞 | 黒木華: 『小さいおうち』(山田洋次監督) | |||
最優秀男優賞 | Liao Fan:『Black Coal, Thin Ice 』 | |||
最優秀脚本賞 |
Dietrich Bruggemann, Anna Bruggemann 『Kreuzweg(Stations of the Cross) 』 |
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芸術貢献賞 |
Zeng Jian: 『Blind Massage 』(Low Ye監督) |
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アルフレート・バウアー賞 | 『Life of Riley』 Alain Renais監督 | |||
最優秀新人作品賞 |
『Grueros』 Alonso Ruizpapalacios 監督 *パノラマ部門出品作 |
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国際批評家 連盟賞 |
コンペ部門 | 『Life of Riley』 Alain Renais監督 | ||
パノラマ部門 | 『The Way He Looks』 Daniel Ribeiro 監督 | |||
フォーラム部門 | 『FORMA』 坂本あゆみ監督 | |||
Berlinale Camera (貢献賞) |
Karl Baumgartner | |||
Honorary Golden Bear (名誉賞) |
Ken Loach | |||
ジェネレーション部門Kplus スペシャルメンション | 『人の望みの喜びよ』 杉田真一監督 |
**概観**
ベルリン映画祭の シンボル赤い熊 |
チケットブース近くにて 熱心に映画情報を調べる人々 |
異例の暖かさのベルリンであった。2月のベルリンを手袋なしで悠々と歩ける年はめったにない。ベルリン映画祭=極寒、と覚悟して初のベルリンに臨んだ人々は拍子抜けしたようだ。そして期間中を通じて雨も雪も降らず、レッドカーペットでのお披露目も滞りなく進行。ドイツ国内外のスターや、映画関係者がカーペットを華やかに彩った。
今年のメインコンペティション部門ではオープニング作品、『The Grand Budapest Hotel』(ウェス・アンダーソン監督)をはじめ20本が審査対象作品として選出された(他に3作品がアウトオブコンペ作品)。3本が長編デビュー作品。ドイツ映画、中国映画、南米の作品が複数含まれていたのが印象的であった。金熊賞及び最優秀男優賞を受賞したのは中国映画『Black Coal, Thin Ice』。中国作品の金熊賞受賞は、1988年の『紅いコーリャン』、1993年の『香魂女』、2007年の『トゥヤーの結婚』以来、4作品目とのことである。受賞作はエンターテインメント要素も十分にあるサスペンス刑事物で、やや意外と受け止められた節もあるが、コンペティション部門の作品リストを眺めると娯楽性の強い作品が増えたことに気づく。ベルリン映画祭のコンペティション部門といえば‘社会派映画’というイメージが強かったが、近年確実に変容しつつあると言って良いだろう。
カンヌ映画祭、ヴェネチア映画祭とともに‘三大映画祭’の一角を成すベルリン映画祭であるが、他の2大映画祭がリゾート地で主に映画関係者を対象にしているのに対し、ベルリンは大都市で、広く市民に向けて門戸を開いている点で大きく性格を異にしている。なんといっても上映作品の本数が桁違いに多い。映画祭側がさまざまなタイプの作品を「選択」して、観客がそれぞれの趣向に応じてさらに「選択」するという大型映画祭。作品の種類も製作国もそれこそ多種多様、‘大型国際映画祭’であるとの感を改めて強く持つ。今年出品された日本映画を例にとっても、非常に多岐にわたる作品が出品され、それぞれに支持を得ていた。
『家路』上映後のQ&A 久保田直監督(左から2人目)と 内野聖陽さん(右から2人目) |
映画祭を訪れる 小学生たち |
外国からの参加者は主にポツダム広場付近で活動するため、他の地区を訪れることはそう多くはない。が、映画祭自体は市内に点在する20もの会場にて行われており、各会場ではベルリン市民の熱心さをより実感できる。数年間休館していた西ベルリンにある大映画館、Zooパラストがリニューアルオープンし、パノラマ部門の一部とジェネレーション部門の一部の作品のプレミア上映会場として、ベルリン映画祭に戻ってきた。かつて映画祭が西ベルリン地区で行われていた1999年まではZooパラストがメイン会場であった。フォーラムの公式会場は今もZooパラストからも徒歩圏内の西ベルリン地区にある、デルフィーで、映画好きに親しまれてきた独特の趣き溢れる会場である。ポツダム広場が映画祭の中心となって15年を経ても、デルフィーをメインとし続けるフォーラム部門の気概を多くの人々が支持しているそうだ。(頻繁に通うのは辛いが)やや無機質なポツダム広場を離れて、かつての西ベルリン中心地に赴くのはなかなか楽しい。
今回の映画祭では、チケットの売り上げが33万枚にのぼり記録を更新したとのことである。平日の昼間に働き盛りと思える年代の人々がけっこう会場にいるのはどういうことなのだろう、と長年少々疑問に思っていたが、現地の人によると「有給休暇を使って、映画鑑賞に充てている」人も少なからずいるとか。また日中には現地の小学生の団体が先生の引率の下、会場に来ていた。ジェネレーション部門の作品の鑑賞に来ていたらしい。騒々しいわけではなく軒並み行儀も良く、微笑ましい。課外授業の一環とのことである。以前に参加した他国(ヨーロッパ)でも小学生の集団を見かけた。次世代の観客を育成するという意味でも意義深い試みである。
**日本映画**
なんといっても今回の最大のニュースは山田洋次監督『小さいおうち』に出演した黒木華氏の最優秀女優賞受賞であった。ベルリン映画祭で日本作品がメインコンペティション部門の賞に絡むのは、寺島しのぶ氏がやはり同賞を獲得した2010年以来4年ぶり。最優秀女優賞は過去に、1964年に左幸子氏(『にっぽん昆虫記』『彼女と彼』)、1975年に田中絹代氏(『サンダカン八番娼館 望郷』)、そして寺島しのぶ氏(『キャタピラー』)が受賞しており、黒木氏は日本人として4人目となった。山田監督とベルリン映画祭との縁は深く、1989年以来、これまでに9作品が何らかの部門で同映画祭にて公式上映されている。山田監督の演出を含め作品全体が評価されての今回の受賞ということで、喜びもひとしおであったことは想像に難くない。
日本のメディアが報じた今年のベルリン映画祭関連のニュースは、『小さいおうち』関係が8割以上を占めていたように思われるが、今回は映画祭の各部門に新旧さまざまな日本作品が登場し、多彩な日本映画を堪能できる回となった。
昨年は皆無であったパノラマ部門には久保田直監督の『家路』が選出された。原発事故のため、人の住めない地となってしまった地元にそれでも住み続ける主人公とその家族を描いた同作の上映後には、原発の問題を非常に身近に感じているドイツの人々ならではの質問も続出した。
フォーラム部門には例年、複数本が選出されている中、新作は一本のみであったのは驚きであったが、その一本『FORMA』は非常に意欲的な作品として話題となり、結果、国際批評家連盟賞を受賞した。ジェネレーション(Kプラス)部門においては震災孤児となった幼い姉弟を描いた、杉田真一監督の『人の望みの喜びよ』がやはり高く評価された。坂本監督、杉田監督ともに初監督作品でのベルリン映画祭デビュー、『家路』の久保田監督もテレビドキュメンタリー等の制作においては輝かしいキャリアの持ち主であるが、長編映画はこの作品が初。新鋭監督たちの台頭は喜ばしい。今となっては日本のお家芸に近い、アートアニメーションも短編コンペ部門、ジェネレーション部門において今回も健在であった。
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レトロスペクティブ 『Aesthetics of Shadows』の パネルディスカッション風景 |
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夕暮れ時の会場付近 |
またいつにも増して、日本のクラシック作品も多数上映された。フォーラム部門では中村登監督の三作品を35ミリニュープリントで紹介。日本以外同監督の特集が組まれるのは初めてとのことで、中村監督のご子息も来訪し、喜びを語っていた。中村登監督特集は主催者側の予想を遥かに超えた反響を呼んだとのことであるが、実際中村監督作品の’発見‘が、いかに新鮮だったかを熱心に語る言葉を数人から聞いた。日本から’発見‘されるべき作品はまだまだ残っていることを実感した。
そして今回のレトロスペクティブ、‘Aesthetics of Shadow. Lighting Styles 1915-1950’ 『陰の美学 照明のスタイル1915年 1950年』の主役のひとつは「日本映画」であった。アメリカ・オレゴン州立大学にて教鞭をふるう宮尾大輔氏の著書に着想を得た本特集は日本、ハリウッド、そしてドイツそれぞれの映画の古典名作を‘陰影’という観点から考察したユニークな回顧展。日本からは『人情紙風船」『十字路』『雪之丞変化』など日本映画史にその名を刻む名作13作品が、一部は専門家による解説付きで上映された。宮尾氏やKevin Brownlow氏(無声映画研究等の大家)が登壇したパネルディスカッションは大盛況、ドイツ・キネマテークの会場には観覧者が入りきれないほどで、関係者もうれしい悲鳴をあげていた。他にもハワード・ホークスやムルナウ、ジョセフ・フォン・スタンバーグ作品などで構成されたこの大充実のプログラムはニューヨークのMuseum of Modern Art(MoMA)にて巡回される予定だという。日本との提携はないものか、との思いに駆られた。
そして昨年創設されたデジタル化された名作を上映する部門、Berlinale Classicsには昨年の『東京物語』に引き続き小津監督の『秋日和』が上映された。安定の小津人気である。