公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇カンヌ映画祭 2014/5/14-25
Festival de Cannes
**受賞結果** | ||||
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パルム・ドール | 『WINTER SLEEP』 by Nuri Bilge CEYLAN | |||
グランプリ | 『THE WONDERS』 by Alice ROHRWACHER | |||
審査員賞 |
『MOMMY』 by Xavier DOLAN 『ADIEU AU LANGAGE (GOODBYE TO LANGUAGE)』 by Jean-Luc GODARD |
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最優秀監督賞 | Bennett MILLER(for 『FOXCATCHER』 | |||
最優秀女優賞 | Julianne MOORE (in『MAPS TO THE STARS)』by David CRONENBERG) | |||
最優秀男優賞 | Timothy SPALL (in『MR. TURNER』 by Mike LEIGH) | |||
最優秀賞脚本賞 | Andrey ZVYAGINTSEV, Oleg NEGIN (for 『LEVIATHAN』) | |||
カメラ・ドール | 『PARTY GIRL』 by Samuel THEIS, Claire BURGER, Marie AMACHOUKELI | |||
ある視点賞 | 『FEHER ISTEN (WHITE GOD)』 by Kornel MUNDRUCZO | |||
ある視点・審査員賞 | 『TURIST』 by Ruben OSTLUND | |||
ある視点特別賞 | 『THE SALT OF THE EARTH』 by Wim WENDERS, Juliano RIBEIRO SALGADO |
**概観**
毎年、注目される映画祭公式ポスター。 長年、女優たちであったが、 昨年はカップルになり、 今年はイタリアの誇る俳優、 マルチェロ・マストロヤンニ 1963年の公式セレクションで上映された フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』 から抜粋された一コマから、考案された。 |
充実のコンペティション 部門のラインナップ。 |
第67回の今回も多彩な話題を提供したカンヌ映画祭。その中でも特筆されるのは長年、カンヌ映画祭を率いてきたジル・ジャコブ会長の勇退であろう。受賞式の「カメラ・ドール」(*新人監督賞;セレクション全体で最も優秀な処女作に贈られる。公式部門のみならず、監督週間・批評家週間に登場した作品も対象)発表時に、同賞の審査委員長、ニコル・ガルシア氏とともに登壇したジャコブ氏は、「私が一番実現したかったのはこの新人監督賞を作り、将来の映画人と将来の映画を支援することだった」と述べ、会場から盛大な拍手が送られた。1978年のディレクター就任後、ある視点部門とカメラ・ドールを新設。さらに1998年にはシネフォンダシオン部門(*世界の映画学校から推薦を受けた短編、中編を選出する)を創設、といった氏の実績を思い返すにつれ、その言葉に重みが加わる。2000年にディレクター職を退いて以降も会長として存在感を示し続けていたジャコブ氏であったが、次回からはピエール・レスキュール氏が会長職を引き継ぐ。ジャコブ氏は‘名誉会長’としてその名を留めるも、実務からは離れるという。
今回もコンペティション部門作品の大半はカンヌの常連監督で占められていた。ラインナップが発表された頃には「今年はそれほど期待できないような気がする・・」との反応を少なからず見聞きしたが、その予想は覆された。多種多様な作品群に「さすがカンヌ」との思いを強くした。今回のパルム・ドール受賞作に代表される、深淵で芸術性に富んだ、(最終的にはたいていは快楽に変わるが)忍耐を強いられる、精神修養のような作品が‘カンヌの王道’として位置している一方で、アーティストの伝記、西部劇、いわゆる社会派作品等々、さまざまなタイプではあるが「優れた」という共通項を持つ作品が綺羅星のごとく現れ、毎日公式会場ルミエールを沸かせた。クローネンバーグ、ダルデンヌ兄弟など常連監督たちもそれぞれ円熟の技で安定した作品を披露する一方、出色だったのはアルゼンチンのダミアン・ジフロン監督の『Wild Tales』。ブラックユーモアに富んだ6つのオムニバスからなる。スペインのアルモドヴァル兄弟がプロデューサーに名を連ねているだけあって、絶妙なユーモアと随所にカタルシスともいうべきシーンがリズミカルに挿入される同作は、クエンティン・タランティーノ、ロバート・ロドリゲス監督作品などを想起させたりもする。18本のコンペ部門作品の中で、唯一会場に爆笑が起こった作品で、この系統の作品もぜひとも紹介され続けて欲しいと個人的には思う。そして審査員賞を分け合ったグザヴィエ・ドラン監督作『Mommy』とジャン=リュック・ゴダール監督の『Adieu aux Langage(=Good Bye Language)』についてはすでにあちこちで大いに語られている。この二作品は、圧倒的な才能と美意識のもと創り出された、パワーと独創溢れた傑作という点で共通している。技術的な面でも映画の醍醐味を心ゆくまで味わえる。特にゴダール監督作は一部をスマートフォンで撮影した、「ちょっと説明しがたい3Dの概念を超えた3D」との評も出た。1960年代より半世紀以上にわたって鬼才の名を欲しいままにしてきたゴダール監督は今も誰よりも前衛的であり、すでに伝説の域の監督であるが、まだまだ進化形という驚異。脱帽である。大方の予想どおり、今回もゴダール監督のカンヌ来訪はなかったが、ビデオレターという形でカンヌ映画祭への謝意を表した。
今回の公式部門コンペティション部門の審査委員長はニュージーランド出身のジェーン・カンピオン監督。カンヌ映画祭史上、最高賞、パルム・ドールを受賞している現在のところ唯一の女性監督である(受賞作は94年の『ピアノ・レッスン』;ちなみにこの回のパルム・ドールは二作品で、もう一作は陳凱歌監督の『覇王別姫』)。審査委員長によって、審査の方法も雰囲気もまるで違うというが、カンピオン氏の場合はなかなか強力なリーダーシップを発揮していたとのことである。そして受賞結果はかなりバランスが取れた、ほぼ順当な結果というのが大方の反応だった。酷評された作品がここまで少ない年は珍しく、今回のラインナップは個人的には近年の中で最も充実していたように思えた。その中で納得の最高賞が授与されたのは、脂の乗り切ったジェイラン監督の三時間を超す大作『ウィンター・スリープ』。過去に監督賞1回、グランプリ2回という輝かしい受賞歴を持ち、今回も本命視されており、普段きわめてクールな表情を崩さないジェイラン監督であるが、受賞後終始満面の笑みを浮かべていたのが印象的であった。本人曰く「一等と二等では全然違う」とか。あえていえばイタリアの女性監督、アリーチェ・ロルヴァケル作『ワンダーズ』のグランプリ受賞がサプライズだろうか。イタリア・トスカーナ地方を舞台に、養蜂場を営む一家の13歳の長女の葛藤や成長を、繊細な映像センスを駆使し丹念に追った小品で、同監督の自伝的要素が色濃く反映されている。このところ、何かとカンヌでは「女性監督」が話題になるが、今回は特に審査委員長が女性監督であるカンピオン氏であり、同氏が記者会見で「映画界にも一種の性差別が存在する」といった主旨の発言をしたことから、女性監督の受賞の有無が特に注目されていた。が、当然ながら「賞の選定にあたって、監督の性別が俎上にあがることはなかった」(カンピオン氏)。映画祭開催前にも開催中にも‘女性が審査委員長だから女性監督が有利’といった旨の報道が少なからずあったことには驚きを禁じ得なかった。短絡的すぎる。必要以上に‘女性であること’が喧伝されるのは当の女性監督たちにとっても望ましい状況なはずはない。問われるべくは作品の出来であって、女性であることが有利でも不利でもない、そんなニュートラルな場であってしかるべきなのは言うまでもないであろう。
晴天続きのカンヌ。 レッドカーペットの カメラマンたちも濡れずに 今回は少し楽だった? |
久しぶりに観た受賞式は品があって、華やかで、妙に感動的ですらあった。出演者が豪華なのももちろんだが、とにかく「見せ方」が上手い。受賞式に限らず、映画祭を‘祝祭の場’として盛り上げるカンヌの演出力は卓越している。各国から大御所の映画人がプレゼンターとして続々登場、それぞれがものすごいオーラを発しており、圧巻であった。開・閉会式の司会進行役 <Maitre de cememonie(=Master of the ceremony)>はフランスの俳優・ランベール・ウィルソン。英語も流暢に操りつつ、優雅でユーモア溢れる司会ぶりで、ある意味とてもフランスらしかった。この進行役はほぼ毎年フランスの女優だったように記憶していたが、ヴァンサン・カッセル(2006年)やエドゥアール・ベール(2008年、2009年)も務めていたとのことである。前述のジャコブ氏や、(プレゼンターとして登場した)ソフィア・ローレンへの敬意を表した温かいスタンディング・オベーションが起こり、新たな才能の代表者ともいうべき、ドラン監督のスピーチも式のハイライトのひとつであった。『ピアノ・レッスン』等の作品から、自身の人生や創作活動への多大な影響を受けたとして、カンピオン監督に感謝を述べ、また自らも属する若者世代へ希望を持つ大切さをフランス語と英語を駆使しながら真摯に語り、盛大な拍手を浴びた。映画の世界の各世代を繋ぎ、ゆるやかな世代交代を体現していっているカンヌ映画祭。ドラン監督とゴダール監督が共に受賞した今回の審査員賞はその象徴と言っても過言ではないだろう。
昨年、一昨年と続けて悪天候に悩まされたが、今年は会期中のほとんどがすっきり晴れ渡っていた。傘をささずに並ぶ、移動するがこんなにもありがたいとは、である。昨年までの悲惨な経験を踏まえてか、ビーチレストランなどには庇が増えた。気温はさほど上がらず、長袖で過ごす日が続いた。南仏とはいえ、本当にリゾートモードとなるのは限られた期間なのだろう。持参した半袖の服を着る機会はなかったが、去年の数々の苦い記憶を思い出すにつれ、晴れてくれるだけでもう十分、と心の中で何度もつぶやいた。
**日本映画**
上映直前、監督一行の到着 を待つ満員の会場。 |
今回のカンヌ映画祭における日本映画としては、コンペティション部門の河瀬直美監督作『二つ目の窓』が話題の中心であった。すでに2007年に『殯の森』で、グランプリ(次席)受賞歴を持つ同監督の自信作とあって、映画祭開催前から注目が集まっていた。専門家たちによる評価は賛否が分かれたものの、公式上映においての反応は非常に熱く、割れんばかりの拍手に包まれた。結果としては残念ながら受賞を逸したが、すでに次回作に入っているという同監督の今後に期待したい。
シネフォンダシオン部門に平柳敦子監督の『Oh Lucy!』と早川千絵監督作『ナイアガラ』の二作品が選出されたのも喜ばしいニュースであった。どちらも今回の出品作はそれぞれ学んでいた学校での卒業制作であり、『Oh Lucy!』は第2席を受賞した。日本人作品のシネフォンダシオン部門での受賞は初めてとのことである。シネフォンダシオン部門は世界の映画学校からの推薦作品から選ばれるため、どうしても若者のイメージが強いが、両監督ともに30代後半。そして両監督ともに母で、外国で映画の勉強をし、と共通点が多い。少々ユニークなバックグラウンドを持つ両監督のさらなる歩みが楽しみである。
短編コンペティション部門では東京芸術大学大学院の4名と指導教授で、クリエーターの佐藤雅彦氏による共同作品作『八芳園』が上映された。同部門は上映作品20本ほどの狭き門であるが、昨年に続き二年連続日本映画が選ばれるという快挙であった。
監督週間部門へは高畑勲監督のアニメーション、『かぐや姫の物語』が出品された。日本では昨年11月に公開され、その世界観と芸術性に富んだ作風が高い評価を得た同作の初の公式な海外披露の場となった。海外にも熱烈なファンの多いジブリ作品、特に目利きの映画人に支持者の多い高畑監督。今回は監督の来訪がなかったことが残念だった、との声を数多く耳にした。一昨年の公式部門での三池監督の時も同様であったが、やはり監督にはいらしていただきたいものである。ちなみに同部門への日本作品の選出は2011年の園子温監督作『恋の門』以来3年ぶりであった。かつては毎年入っていたものだが・・。
**カンヌ・クラシックス**
今年のカンヌ クラシックスは、22本の長編と2本のドキュメンタリー作品で構成された。全作品2Kまたは4Kデジタルで上映。今回初めて、同部門において35mmプリントでの上映がなかったそうだ。この現実を「悲しむべきか喜ぶべきか」とカンヌ映画祭公式HP上にも書かれていたが、まさにそのとおりで、微妙な思いを禁じ得ない。
2003年に映画史に残る名作や往年の作品を復刻版で紹介すべく創設された同部門、内容の充実度は年々増している。近年はティエリー・フレモー氏が同部門の責任者としてクレジットされている。カンヌ映画祭のディレクターであると同時に、リヨン市の国立シネマテーク・ルミエールの館長であるフレモー氏の気合いが感じられる。同部門での復元作品の積極的な紹介は、世界中の製作会社や権利者、シネマテーク、国立保存センターによる、映画遺産の再活用作業の活発化や、過去の偉大な作品のDVD/ブルーレイ版など、過去作品の新たな普及にも寄与しているとのことである。たしかに今回上映された作品の復元は、世界中の錚々たる機関・会社によってなされている。
同部門での日本作品上映はすっかり定着している感がある。今回は大島渚監督の『青春残酷物語』(1960年・松竹)と市川崑監督のドキュメンタリー『東京オリンピック』(1965)の二作品が上映された。前者は同作のカメラマンを務めた川又昂氏の監修のもと、高画質の4K仕様でデジタル修復。後者は国際オリンピック委員会の主導のもと、オリジナルフィルムからのやはり4Kのデジタル修復。なかなか上映される機会のない作品なだけに貴重な機会となった。
今回上映された22作品の中には30年前のパルム・ドール受賞作品『パリ、テキサス』(ヴィム・ヴェンダース監督)、1964年のイタリア西部劇誕生を祝して4K復元された『荒野の用心棒』(セルジオ・レオーネ監督)、カンヌと縁深く、96年に逝去したポーランドの巨匠、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『偶然』が含まれており、それ以外も名作の誉れ高い魅力的な作品ばかり。パッケージとして他所での巡回上映、などが可能になったらどんなに素晴らしいだろう、と夢想してしまう。難しいだろうけれど。。
マーケット会場。 世界中の映画が売買される。 |
カンヌ映画祭期間中、業界関係者の多くは参加料を支払って、併設されている世界最大の映画のマーケット、Marche(eはアクサン・テギュ) du Filmに参加する。このマーケットには1万2000人ほどが集う。世界中の作品が売買され、映画の企画を抱えたプロデューサーや監督が、出資者を探すべく奔走する。また作品のプロモーションのためという場合もある。‘カンヌ映画祭’に来ているというよりも正確には‘カンヌのマーケット’に来ている人々である。彼らにとってはビジネスの場、真剣勝負の場であり、夜は商談相手や業者仲間とディナー、またはパーティに顔を出す、といった具合にカンヌの日々は過ぎてゆく。「カンヌで上映作品を観たことがない」という関係者にも数多く会った。マーケット登録者の保持しているバッジの効力は概して強く、公式上映作品のチケットも取りやすいだけに、仕方がないとはいえ勿体ないような気がしてならない。滞在中、最後の一晩だけは正装でソワレに行くのを慣例(?)としている会社をいくつか知っている。「期間中、ほとんどの時間をマーケット会場での商談に費やして終わるが、せっかくカンヌ映画祭に来ているのだから、その特別な雰囲気に一回は触れようと思って」。正しい、と思う。