公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇ベルリン国際映画祭 2016/2/11-21
Internationale Filmfestspiele Berlin
**受賞結果** | ||||
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金熊賞 | 『Fire at Sea』 Gianfranco Rosi 監督 | |||
銀熊賞 | 審査員賞 | 『Death in Sarajevo』Danis Tanovic 監督 | ||
最優秀監督賞 | Mia Hansen監督(『Things to Come』) | |||
最優秀女優賞 | Trine Dyrholm(『The Commune』) | |||
最優秀男優賞 | Majd Mastoura(『Hedi』) | |||
最優秀脚本賞 | Tomasz Wasilewski(『United States of Love 』) | |||
芸術貢献賞 | Mark Lee Ping-Bing(『Crosscurrent』) | |||
アルフレート・バウアー賞 | 『A Lullaby to the Sorrowful Mystery』Lav Diaz 監督 | |||
最優秀新人作品賞 | 『Hedi』 Mohamed Ben Attia 監督 *コンペ部門出品作 |
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国際批評家 連盟賞 |
コンペ部門 | 『Death in Sarajevo』 Danis Tanovic 監督 | ||
パノラマ部門 | 『Aloys』 Tobias Nolte 監督 | |||
フォーラム部門 | 『The Revolution Won’t Be Televised』 Rama Thiaw監督 | |||
Berlinale Camera (貢献賞) |
Ben Barenholtz (プロデューサー/USA) Tim Robbins (俳優・監督・脚本・プロデューサー/USA) Marlies Kirchner (興行主/ドイツ) |
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Honorary Golden Bear (金熊名誉賞) |
Michael Bailhaus (撮影監督/ドイツ) |
**概観**
難民支援のための募金箱 |
ストリートフードを求める人々で賑わう 「屋台」 |
今年のベルリン映画祭の話題の中心は難民問題であったと言ってよいだろう。中東及び欧州、ひいては全世界をも揺るがせているこの大難題において、ドイツは重要な役割を果たしている。もともと時事問題に敏感な同映画祭がこの問題に反応しないはずもなく、さまざまな形で難民への支援活動が展開された。まず募金活動。映画祭会場のあちこちにベルリン映画祭のシンボル、熊の絵柄付き募金箱が設置されたほか、専用のサイトを設けネット経由での募金も呼びかけた。映画祭側の発表によると募金額は会期中だけで25.000ユーロにのぼったとのことである。さらに難民支援団体と提携し、1000人近い数の難民を映画祭に招待し、一般客と一緒に映画を鑑賞する機会を提供した。また、映画祭メイン会場近くでストリート・フードを販売する屋台には。難民の人々が就労する姿もあった。オープニング作品『ヘイル、シーザー!』(コーエン兄弟監督)に主演し、映画祭を訪れたジョージ・クルーニー氏は人道問題等への意識が高いことで知られるが、オープニングの翌日にはメルケル首相と会談し、難民問題について意見を交わしたと報じられた。が、最大の「支援」はやはりなんといっても複数の部門で難民問題に材を取った作品が上映されたことであろう。映画を鑑賞した人々にこの問題に対してのそれぞれの考察を深める場、制作に携わった人々や他の観客たちと意見を交換する場を設けたことは意義深い。
メイン・コンペティション部門の審査員団を率いたのは女優メリル・ストリープ氏。ストリープ氏とベルリン映画祭との縁は深く、2003年に『めぐりあう時間たち』で銀熊賞(主演女優賞)をジュリアン・ムーア氏、ニコール・キッドマン氏とともに受賞、2012年には長年にわたる映画界への貢献により名誉金熊賞を受賞している。今回のメイン・コンペティション部門の18作品の中で、最高賞<金熊賞>に輝いたのは難民問題に向き合ったジャンフランコ・ロージ監督のドキュメンタリー作品『Fire
at Sea』であった。ドキュメンタリー映画の金熊賞受賞は今回が初めてとのこと。同作はイタリア領最南端の島・ランペドゥーザ島を舞台に、命を賭けて海を渡ってきた難民の人々と、同島の住人たちの姿を12歳の少年の視点を通して描いた。期間中から極めて評判が高く金熊賞の最有力候補と目されており、順当な結果といえるだろう。題材が時節に合っていたというだけでなく、作品としての卓越したクオリティが評価を得たのは言うまでもない。同作は金熊賞以外にもアムネスティ・インターナショナル賞など三つの賞を受賞した。ロージ監督は『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』にて、ヴェネチア映画祭で金獅子賞の受賞歴もあり、いわゆる三大映画祭のうち二つの映画祭にて最高賞を獲得したことになる。今年度のベルリン映画祭のテーマとして「Recht
auf Gluck(幸せの権利)」を掲げ、難民への積極的なサポートを宣言していた映画祭ディレクターのディーター・コスリック氏。「今年の金熊賞受賞作品は、私の希望と一致した」との感想を述べていた。
ユーモラスな今年のポスター |
年々、充実してゆく映画祭グッズ |
フィリピンのラヴ・ディアス監督の大長編作品『A Lullaby to the Sorrowful Mystery』のコンペティション部門出品はひとつの「事件」ともいうべき、画期的な出来事であった。長尺作品を作ることで知られているディアス監督であるが、今回の出品作はなんと482分。19世紀後半のフィリピンにおけるスペインからの独立運動を描いた一大叙事詩である。ベルリン映画祭開始以来、コンペ部門出品作の中では最長記録の同作は、好評を博し、先鋭的な作品に送られるアルフレッド・バウアー賞を受賞した。同作をコンペ部門に組み入れたベルリン映画祭の英断も讃えたいところである。
今回の映画祭開催の約ひと月前に死去した英国の俳優・ミュージシャン、デビッド・ボウイ氏、同じく英国の俳優アラン・リックマン氏、イタリア映画界の巨匠、エットーレ・スコラ監督の追悼上映も急遽企画された。ボウイ氏は70年代に3年ほど当時の西ベルリンに暮らし、出演作も数本ベルリン映画祭で上映されるなど、ベルリンとの縁が深い。ボウイ氏を敬愛する女優・ティルダ・スウィントン氏のイントロダクションのもと、1976年(第26回)ベルリン映画祭出品作『地球に落ちてきた男』(ニコラス・ローグ監督)が上映された。スコラ監督の追悼作品は1984年(第34回)ベルリン映画祭の銀熊(監督)賞受賞作『ル・バル』が選ばれ、リックマン氏は一般的にはおそらく『ダイ・ハード』や『ハリー・ポッター』シリーズでよく知られているが、今回の追悼にあたっては、1996年(第46回)ベルリン映画祭金熊賞に輝いたアン・リー監督作『いつか晴れた日に』が上映された。
今年の上映本数は434本、チケット販売数は337.000枚で映画祭史上最高の売上高であったという。映画祭としての基本に忠実でありながらも時勢に柔軟に対応し、適宜冒険を試み、変化を遂げているベルリン映画祭は市民に親しまれ続けている。
**カタログ**
コンパクトに様変わりした 公式カタログ |
国際映画祭のカタログのあり方は近年確実に変化してきている。数年前までは重厚なタイプが主流であったが、このところ多くの映画祭がコンパクトなサイズなカタログに模様替えしている。ウェブサイトで情報が得られるからという理由からカタログそのものを廃止してしまった映画祭もあると聞く(が、そうなると後に記録を辿るのが困難になるのは必至)。ベルリン映画祭も毎年相当なボリュームのカタログが作られ、一部の部門や特集はさらに別刷りを作っていたためにトータルで数冊にのぼり、帰国時のスーツケースのかなりの部分を占めていた。もちろん重量感もたいへんなものだった。が、今回は違った。今年は各部門ごとのコンパクトな小冊子を赤いバンドでひと束にまとめるという形式に転換。一冊ずつ持ち歩ける手軽さがありがたかった。小冊子の表紙は各セクションごとに異なっており、リアルな熊がベルリン市内のあちこちに出没するユーモアあふれるデザインのもの(今年の映画祭ポスターと同じ)が5冊、各セクション独自のものが4冊の計9冊という構成で、公式ショップでは12ユーロで販売されていた。見た目のインパクトはなくなったが、小型化はやはり歓迎である。
**レトロスペクティヴ:「ドイツ1966-映画を再定義する」**
ベルリン映画祭は毎年ドイツ・キネマテークと提携し、斬新な切り口での旧作上映にも注力している。今年のレトロスペクティヴ部門では「ドイツ1966-映画を再定義する」(Berlinale
Retrospective 2016: “Germany 1966 - Redefining Cinema”)と題した充実した特集が組まれた。東西にドイツが分断されている最中、「古い映画は死んだ」というオーバーハウゼン宣言が出されてから四年後の1966年はドイツ映画にとって重要な意味を持つという。その50年後である今年の特集では、旧東西ドイツにおいて1966年に製作された長編フィクション映画、ドキュメンタリー、テレビ作品を20作品、中短編作品30作品を上映して当時のドイツ映画を振り返った。上映作品に縁のある著名人もゲストで登場するなど、連日活況を呈しており、東西ドイツが存在したことを歴史的事実としてしか知らない若者層にとっても、その時代を体験した中年以上の人々にも意義深い特集であったと思われる。その国の映画をさまざまな角度から触れることのできる映画祭の特集は、外国からの参加者にとっても非常に魅力的であるのは言うまでもない。尚、この特集はベルリン映画祭開催期間中の作品上映にとどまらず、関連本の刊行や特別展覧会の開催、4月には同レトロスペクティヴのパートナーであるニューヨーク市のMoMAでの上映なども企画されている。
**日本映画**
上映前の記者会見 |
今年は数本の例外を除きアジア作品の印象は希薄で、欧州と中東の存在感が色濃かった。その中にあって日本映画はメイン・コンペティションの作品こそなかったが、まずまずの健闘ぶりであった。国内外に最も話題を提供したのは黒沢清監督作『クリーピー 偽りの隣人』であろう。黒沢監督作品のベルリン映画祭への出品は1999年の『ニンゲン合格』(フォーラム部門)以来17年ぶり。今作はベルリナーレ・スペシャル部門への選出となり、市街地の歴史ある大劇場、フリードリヒ・パラストにて華やかな雰囲気の中でプレミア上映が行われた。黒沢監督はじめ主要キャストがレッドカーペットに登場、1650席を埋め尽くした超満員の観客の反応も抜群。理想的なお披露目の場となった。同作に主演しベルリンを訪れていた西島秀俊氏は、パノラマ部門出品作『女が眠る時』(ウェイン・ワン監督)の主演俳優でもあり、脂ののっている映画俳優としての存在感を印象づけた。桃井かおり氏の活躍も目立った。準主役として出演したドイツ映画『Fukushima
Mon Amour』がパノラマ部門に出品され、そして監督二作品目となる『火 Hee』がフォーラム部門に出品された。桃井氏の監督作品のフォーラム部門への出品は前作『無花果の顔』に続いて二度目で、今作では主演も兼ねる多才ぶりを発揮した。またやはりフォーラム部門に『あるみち』で選出された杉本大地監督が、長編作品の監督としてはベルリン史上最年少の22歳であったことも話題であった。短編コンペティション部門には泉原昭人監督の『Vita
Lakamay」が出品された。泉原監督の同部門コンペ入りは、2012年以来2度目。惜しくも賞は逸したが、日本のアートアニメーションの水準の高さを今回も示したといえる。さらに日本映画で注目を集めたのは『Hachimiri
Madness - Japanese Indies from the Punk Years』と題されたフォーラム部門の大特集であった。この特集はベルリン国際映画祭、香港国際映画祭、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)の共同企画。PFFが保管してきた8ミリ自主映画11本を7プログラムに編成、「パンク」をキーワードに、現在第一線で活躍する監督たちの初期の8mm作品の中から、特集タイトルどおり反骨精神が息づく11本がセレクトされ、ベルリンの熱心な観客たちを魅了した。3月開催の香港国際映画祭、9月開催の第38回PFFにおいても同様のプログラムが上映される予定とのことである。さらなる展開を期待したい。