公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇カンヌ映画祭 2017/5/17-28
Festival de Cannes
**主な受賞結果** | ||||
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パルム・ドール | The Square Ruben Ostlund | |||
グランプリ | BPM (Beats Per Minute) Robin Campillo | |||
審査員賞 | Loveless Andrey Zvyagintsev | |||
最優秀監督賞 | Sofia Coppola for “ The Beguiled ” | |||
最優秀女優賞 | Diane Kruger for “ In the Fade ” | |||
最優秀男優賞 | Joaquin Phoenix for “ You Were Never Really Here ” | |||
最優秀賞脚本賞 | Yorgos Lanthimos, Efthimis Filippou for “The Killing of a Sacred Deer ” Lynne Ramsay for “You Were Never Really Here ” |
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カメラ・ドール | Jeune femme <Montparnasse-Bienvenue> Leonor Serraille | |||
ある視点賞 | A Man of Integrity Mohammad Rasoulof | |||
ある視点・審査員賞 | April’s Daughters Michel Franco | |||
エキュメニック賞 | 「光」 河瀬直美監督 | |||
70th Anniversary Award | Nicole Kidman | |||
国際批評家連盟賞 | ・Competition部門: BPM (Beats Per Minute) Robin Campillo ・ある視点部門: Closeness Kantemir Balagov (Russia) ・Directors' Fortnight: The Nothing Factory Pedro Pinho (Portugal) |
**概観**
70周年記念の写真展 |
第70回を迎えたカンヌ映画祭。5年に一度の大統領選挙が5月はじめに行われた関係上、例年より一週間遅れてのスタートとなった。開・閉会式はイタリア人女優、モニカ・ベルッチがメイン司会として執り行われたが、この役割をフランス人以外が務めるのは珍しい。「70周年」としての祝祭感は10年前の60周年時に較べぐっと抑えられていた感があり、あえて例年通りの進行を維持しようとしているかのようにも映った。記念行事として一番印象的だったのは、会期の後半23日に行われたカンヌ映画祭と縁の深い監督や俳優たちを集めての記念撮影会であった。名だたる映画人100名以上が一同に会し、賑やかに撮影に興じる姿は壮観のひと言であった。
また公式会場・パレの4階の通路は『24 Images』と題された貴重なショットの数々が展示されており、さながら写真ギャラリーのようであった。このミニ写真展はカンヌ映画祭前プレジデントであるジル・ジャコブ氏、現プレジデントのピエール・レスキュール氏、アーティスティック・ディレクターのティエリー・フレモー氏によってフランス国立視聴覚インスティチュートのアーカイブの中から選ばれた写真で構成されており、華やかなカンヌの歴史を雄弁に語っていた。
<セキュリティ>
今回のカンヌの話題の中心は‘厳しいセキュリティチェックとネットフリックス’と、ある業界紙の見出しがうたっていたが、あながち間違っているともいえない。欧州で相次いで発生しているテロの影響を受け、昨年よりさらに入場の際のセキュリティチェックが強化された。特に公式上映会場・ルミエールへの入場は難儀であった。まず空港でのように金属探知機を通り、ボディーチェック。その後の手荷物検査ではバッグの中も昨年以上に厳重にチェックが入った。ポーチの中まで毎回調べられ、飴やガムを含むあらゆる飲食物はもちろん没収。晴れて入場しても、さらにまた別の係員たちによる二度目のボディーチェックと手荷物検査が待っている。昨今の事情を鑑みると仕方がないともいえるが、急いでいる時にこのプロセスを経るのはなかなか辛いものがあった。その成果なのかどうかはなんとも言えないが、会期中「不審物らしきもの」が会場で見つかったというのがちょっとした騒ぎになったくらいで、大きな問題は発生しなかったようであった。
<ネットフリックス>
‘ネットフリックス問題’は会期を通じて、さまざまな人によって、そこかしこで論じられていた。今回のコンペティション部門の中に、アメリカの大手動画配信会社・ネットフリックス制作の『ザ・マイヤーウィッツ・ストーリーズ』(ノア・バームバック監督)と『オクジャ』(ポン・ジュノ監督)の二作品が入っていたが、この二作品が「フランスでの劇場公開の予定がない」ことにフランスの興行団体が異議を申し立てた。フランスには映画はまず映画館で公開し、以後3年間はストリーミング・サービスを行えないという法律がある。カンヌ映画祭側はネットフリックス社にフランスで劇場公開するよう呼び掛けたが交渉は決裂。その結果、映画祭開催前にアーティスティック・ディレクターのティエリー・フレモー氏が「来年以降はフランスでの劇場公開が決まっていない作品をコンペティション部門に招くことはない」との声明を出し、これに対しヴェネチア、トロントといった映画祭も同調するなど議論に拍車がかかった。フランスには劇場の興行収益からCNC(国立映画センター)に一定額を支払う規定があるが、通常の形での劇場公開をしないネットフリックスはこの支払いを回避してもいる。動画配信系の会社の映画制作の予算は総じて潤沢で、監督の自由度も高いらしいため制作者にとってはかなり魅力的な選択肢である。現時点でも少なからぬ有名監督たちも配信会社出資の作品を手掛けており、今後もレベルの高い作品が生まれてゆく可能性は高い。映画祭としてそれらにどう対応するのか。この一件はフランスの映画に関する法律がネット配信の普及を想定していない頃のものであることを明らかにし、時代に適応すべく修正せざるを得ないのではないかといった問題も提起した。そして急速に変化するデジタル時代の映画界において、「映画」の定義を投げかけたともいえる。
ルミエール会場には 今年のコンペ、アウトオブコンペ作品が掲示されている |
<受賞作品>
コンペティション部門には今年は21本が出品された。審査委員長はカンヌ映画祭の常連監督でもあるスペインのペドロ・アルモドヴァル監督。コンペ作品は近年の中では低水準との声が会期の半ばを過ぎたあたりから多く聞こえていたが、残念ながら同感である(一説には大統領選挙の年はいまいちである、とも…)。映画祭を席巻するほどインパクトのある作品は最後まで登場しなかった。評価の高かったのは、ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督による『ラブレス』とフランスのロバン・カンピヨ監督の『BPM』。『ラブレス』は関係の破綻している夫婦の息子が失踪する一件を通して、ある家庭の崩壊を描き審査員賞を、後者は監督自身の実体験をベースに、エイズ活動家団体での活動を通して90年代初頭のパリの若者たちの恋と人生の輝きを描き、次点にあたるグランプリを受賞した。最高賞のパルム・ドールに輝いたのはスウェーデンのリューベン・ルストモンド監督の『スクエア』であった。コンペ部門初選出で最高賞受賞という快挙を成し遂げた。現代美術館のキュレーターを主人公に据え、アートの世界をシニカルな視点で描いたコメディで、作家性の強い作品である。同作のパルム・ドールの受賞には驚きの声が大きかったが、ルストモンド監督の前作『フレンチアルプスで起きたこと』は第67回カンヌ国際映画祭のある視点部門で上映され審査員賞受賞を獲得しており、その才能はすでに周知のところであった。アルモドヴァル審査員長がオープニングの日に開かれた審査員団の記者会見で「ネットフリックス社制作の二作品に賞を授与することはない」と発言したこともあり、この二作品が入賞するかどうかにも注目が集まっていたが、結果的にどちらも賞には絡まなかった。両作品ともエンターテインメイント性に富んだ、多くの人が楽しめる作品に仕上がってはいたが、ネットフリックス社制作であるか否かに関わらず、この審査員団としては賞の対象になるタイプの作品ではなかった、というところなのではないだろうか。
<オフィシャルポスター>
カンヌ映画祭のオフィシャル・ポスターはカンヌの街のそこかしこに飾られる、シンボリックな存在であるだけに発表されるたびに話題にのぼる。今回は1959年に撮影されたというクラウディア・カルディナ―レ氏の写真をモチーフとしている。カルディナ―レ氏が軽快に飛び跳ねている写真に何ら問題があるようには見えなかったが、「オリジナルの写真とポスターを比較すると、腰と脚の太さが明らかに違う」と指摘するネットユーザーが現れ、ちょっとした騒動になった。肥満体型でも何でもない彼女の体をさらに細くする必要があるのかといったことらしい。そんなネットの声にカンヌ映画祭側は「ポスターの評判は良い」とだけ述べ、カルディナ―レ氏本人は、「この写真が、70周年を記念するカンヌ国際映画祭のポスターに選ばれたことを光栄に思います」と、特に修正に関しては触れないコメントを発した。実際のところ広告写真には多かれ少なかれ修正が施されるのが常である。過剰反応といえそうなネットの声にも対応しなくてはならない映画祭側の苦心がしのばれる。
**日本映画**
今回のカンヌ映画祭において、日本作品の存在感は強かった。まずカンヌ映画祭の常連、河瀬監督の『光』がコンペティション部門入りを果たした。メインの賞には惜しくも届かなかったが、観客からは大きな拍手をもって受け入れられ、上映に立ち会った監督はじめ関係者は感激の面持ちであった。アウト・オブ・コンペティション部門の三池監督作『無限の住人』は主演が木村拓哉氏ということも手伝って、今回の日本作品の中では日本のメディアでの取り上げられ方が群を抜いていた。現地では三池監督ならではの破天荒さや演出力が発揮された作品として好意的に受け止められていた。やはり常連監督である黒沢清監督は一昨年の『岸辺の旅』以来2年ぶりのカンヌ入りを果たした。今回は黒沢監督の新境地ともいうべきSF要素の強い作品を携えての来訪となった。出演俳優として共に参加した松田龍平氏はデビュー作『御法度』以来17年ぶりのカンヌ、長谷川博己氏は初来訪で、一泊三日という強硬スケジュールであったが、ふたりとも大いに刺激を受けたとのことで満足げであった。カンヌ・クラシックス部門では昨年・一昨年に続き、今回も日本からは二作品が選出された。世界中の老舗映画会社や映画機関から応募が大幅に増えているという同部門において常に日本映画が選出されているのは喜ばしい。今年はカンヌ映画祭の第70回を記念して、同映画祭とゆかりのある作品に焦点を当てたプログラムとなっており、日本からの出品作もかつてカンヌを賑わせた二作品であった。一本目は1983年、第36回の映画祭にて最高賞を受賞した今村昌平監督の『楢山節考』の4Kデジタルリマスター版。もう一本は1976年の監督週間部門で上映され、その過激な描写から大いに物議を醸し出した『愛のコリーダ』(大島渚監督、日本・フランス合作)。監督週間部門には今回も残念ながら日本作品の出品はなかったが、批評家週間部門に10年ぶりに日本の新人監督作品が入選したのは朗報であった。女性監督としては日本初とのことである。出品作は平柳敦子監督の『Oh
Lucy!』。平柳監督の3年前のシネフォンダシオン部門に出品された同名の短編をサンダンス・インスティチュートの助成を受けるなどして長編化したものである。シネフォンダシオン(学生映画)部門には井樫彩監督の『溶ける』が選出された。昨年、河瀬直美監督が同部門の審査委員長を務めた縁から、河瀬監督が代表をつとめる「なら映画祭」とシネフォンダシオン部門とが提携関係を結び、「なら映画祭」出品作品のうち3作品をシネフォンダシオンのディレクターに推薦付きで応募ができるようになり、『溶ける』の出品につながった。21歳で体験したカンヌ映画祭を糧に羽ばたいていってもらいたいものである。