公益財団法人川喜多記念映画文化財団

千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル

国際交流

映画祭レポート


◇ヴェネチア国際映画祭 2017/8/30-9/09
  Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica

 

**受賞結果**
金獅子賞
(最優秀作品賞)
The Shape of Water(アメリカ)  Gulermo del Toro 
銀獅子賞
(審査員グランプリ)
Foxtrot (イスラエル、ドイツ、フランス、スイス)
Samuel Manoz
銀獅子賞
(最優秀監督賞)
Xavier Legrand      for Jusqu’ a le Garde(フランス)
審査員特別大賞 Sweet Country (オーストラリア) Warwick Thomton
最優秀男優賞 Kamel El Basha (THE INSULT by Ziad Doueiri)
での演技に対し
最優秀女優賞 Charlotte Rampling (HANNAH(by Andrea Pallaoro)
での演技に対し
最優秀脚本賞 Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
(by Martin McDonagh) の脚本に対し
LION OF THE FUTURE
“LUIGI DE LAURENTIIS”
VENICE AWARD
(最優秀第一作監督作品賞)
Jusqu’ a le Garde(フランス)   Xavier Legrand
MARCELLO MASTROIANNI賞
(最優秀新人俳優賞)
Charlie Plummer <Lean On Pete> (英国) Andrew Haigh
オリゾンティ部門最優秀作品賞 NICO,1988(イタリア・ベルギー) Susanna Nicchiarelli
GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT
(生涯功労賞)
Jane Fonda , Robert Redford (ともに米国)
JAEGER-LECOULTRE GLORY TO THE FILMMAKER
(監督ばんざい!賞)
Stephen Frears(英国)
Venezia Classici Awards 最優秀復元賞 Come and See (Idi i smotri:USSR, 1985)  Elem Klimov
Best VR Awards 最優秀VR賞 Arden’s Wake(米国) Eugene YK Chung
Best VR Experience Awards 最優秀VR体験 La Camera Insabblata(米国、台湾) Laurie Anderson, Hsin-Chien Huang
Best VR Story Awards 最優秀Story VR賞  La Camera Insabblata(米国、台湾) Laurie Anderson, Hsin-Chien Huang

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

第74回ヴェネチア映画祭はアレクサンダー・ペイン監督、マット・デイモン主演の『ダウンサイジング』とともに幕を開けた。アメリカのアカデミー賞との相性の良さも手伝って、ヴェネチア映画祭への注目度がショー的な意味でも上昇するにともなって、「ここ数年で大きな変化を遂げた」とディレクター自らが発言しているほどいわゆるレッドカーペットの登壇者及び衣裳も華やかさを増している。オープニング時は晴天に恵まれ、何の問題もなく煌びやかに展開されたが、ヴェネチア映画祭のレッドカーペットには雨を遮る工夫が何も施されていないため、ひとたび雨に見舞われると目も当てられない。今回も映画祭事務局から何度か雨を危惧する声を聞いた(そして何度か当たってしまった)。やはりレッドカーペットが重要な役割を担っているカンヌ、ベルリン両映画祭は近年、その対策として透明の屋根を設置した。ヴェネチアも対策を考えても良い頃かもしれない。

メイン会場前。今年は白が基調の概観
 

今回のコンペティション部門の審査員長はアメリカの女優、アネット・べニング氏。2006年のカトリーヌ・ドヌーブ氏以来11年ぶりの女性審査員長であった。21本のコンペ部門作品は総じて高レベルであった中、最高賞金獅子賞に輝いたのはメキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督の『The Shape of Water』。映画祭の序盤に上映され、熱烈な支持者も獲得していたファンタジー要素の濃い作品である。受賞結果は物議を醸し出すこともなく、バランスの取れた順当な結果であったといって良いだろう。今回のコンペティション部門はアーティスティック・ディレクターのアルベルト・バルベラ氏の多様性に富んだセレクションがより光っていた。ハリウッドの真ん中にいる監督から、ドキュメンタリー映画の大家や現代美術家、新進監督まで、幅広い顔ぶれによる充実のラインナップであった。ヴェネチア映画祭に‘縁の深い’監督はもちろん少なからず存在するが、(世界初上映として)ヴェネチア映画祭「だけ」に出品している、という監督はごくわずかである。たとえば北野武監督はヴェネチアへの出品回数は多いが、カンヌ映画祭にも選出されれば参加する。世界を牽引している多くの監督たちが同様の傾向にあるため、そのあたりの流動性が良い方に作用し、ヴェネチア映画祭に関してはカンヌのように良くも悪くも参加監督の固定化が進んでいるイメージはない。ヴェネチア映画祭のこの流動性、柔軟性がより多様な作品のセレクションにつながっているのではないだろうかとの思いを強くした回であった。


今年のヴェネチア映画祭において、話題の筆頭はVR(ヴァーチャルリアリティ=仮想現実)部門の創設であった。これに伴いVR作品専用の上映施設もリド島から目と鼻の先の小島、ラッヅァレット・ヴェッキオ島に新設された。元々は病院があった島とのことで、リド島との間を小型シャトルボートが頻繁に行き来していた(乗船時間は5分に満たない)。VR専用のゴーグルとヘッドフォンをつけると、周囲はまるで気にならず、同じ空間で多くの人と一斉に同じ作品を鑑賞するとはいえ、感覚としては「非常に個人的な鑑賞」である。360度の全方位から映像と音響に包まれ、あたかも映像の中に入り込み、自分がその一部になったように感じられる映像体験はかなり新鮮であった。当初、ヴェネチア映画祭がVR部門として賞の対象とした部門を創設するとの発表があった時には驚きを禁じ得なかった。アート色の強い作品との親和性が高いが、それ以外の作品においてはどうか等々の議論もある。ディレクターのベルベラ氏は「VRが従来の映画に替って代わるとは考えていないが、作り手の新たな表現手段のひとつ」と捉えているとのことである。同部門は来年以降も変わらず継続させる意向だという。VRコンペ部門の審査委員長、米国のジョン・ランディス監督(マイケル・ジャクソンのミュージックビデオ『スリラー』の監督でもある)は審査員就任時に「アーティストたちが新しい技術をどう活用しているのか学びたい」と語っていた。まだまだ進化途上のVR分野の動向に目が離せない。


VR作品上映風景。
専用のゴーグルとヘッドフォンをつける。

 VR上映会場。


最近のヨーロッパでの大きな催し物についてまわる「セキュリティチェック問題」。昨年もそれなりの措置は取られていたものの、緩いものだった。今回は一段階厳しくなり、会場に向かう要所に ‘簡易関所’のようなところがあり、荷物チェックをされたり(されなかったり)した。警備に当たっている警察官や映画祭スタッフに高圧的な態度はほぼ見受けられないのは気持ちが良かった。そして今回も観客がレッドカーペットかなり近くまで近づけたのにはほっとした。警備という点から考えると難しいところであるが、観客との距離の近さは保っていて欲しいと願ってしまう。




**日本映画**

 近年稀にみるほど日本映画の存在感が際立った回であった。是枝裕和監督の『三度目の殺人』のコンペティション部門出品をはじめ、多くの部門に日本映画が選出された。是枝監督は、1995年に監督デビュー作『幻の光』以来22年ぶりのヴェネチア映画祭への参加となった。今回は惜しくも受賞には至らなかったものの、約1200名収容のメイン会場・サラグランデを埋め尽くした観客からの反応は非常に熱く、批評家筋からの評判も高かった。上映前の記者会見場は立ち見も続出する状況で、是枝監督及び『三度目の殺人』への関心の高さがうかがえた。

『三度目の殺人』

 記者会見

公式上映前、レッドカーペットにて

栄えあるクロージング作品はヴェネチア映画祭の常連であり、現地に多くのファンを持つ北野武監督の最新作『アウトレイジ 最終章』であった。『アウトレイジ』シリーズの最終作品にあたる本作を携えての9度目の同映画祭参加に際し、報道陣の前で同映画祭への特別の思いを語る一幕もあった。音楽家・坂本龍一氏に迫ったドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto: CODA』はアウト・オブ・コンペティション部門の一本として上映された。日本人ミュージシャンの場合、国内での人気が爆発的であっても、国際映画祭で注目されるほどの対象にはほとんど成りえない。が、坂本龍一氏は別格である。数年前にヴェネチア映画祭審査員を務めたこともあることも手伝ってか、坂本氏の現地での人気は想像以上に高く、作品の内容の濃さも相まって上映後はスタンディングオベーションが鳴りやまなかった。


『泳ぎすぎた夜』
上映後に観客の挨拶に応える
主演の古川鳳羅くん(写真中央)
 



オリゾンティ部門には五十嵐耕平監督とフランスのダミアン・マニヴェル監督の共同監督作品『泳ぎすぎた夜』が出品された。両監督は2014年のロカルノ映画祭でそれぞれの作品が上映された際に知り合い、交流を続けてきたという。スタッフは日仏混成チーム、資金面でも日仏の合作。国の枠を越え、気負うことなく柔軟に制作活動を行ってゆく新進作家たちの登場は頼もしい限りである。同作のミニマムで瑞々しい作風にすっかり魅了された、と映画祭ディレクター・バルベラ氏が熱を込めて語っていたのも印象的であった。







『お茶漬の味』の前説を務めた坂本龍一氏(右)と
ヴェネチア映画祭ディレクター、アルベルト・バルベラ氏
 

クラシックス部門には三作品が上映された。昨年に続き松竹からは小津安二郎監督の『お茶漬けの味』が選出され、坂本龍一氏が前説を務めた。小津作品の音楽について、‘お茶漬け’についてなどウィットに富んだ語り口で観客を魅了。本編上映にあたっては観客の集中度がものすごく、物音も立たないほど。クリアになった映像に惚れ惚れするとともに小津映画の普遍性を再認識した上映であった。また、溝口健二監督の『近松物語』と『山椒大夫』の二作品のデジタルリマスター版も上映された。この二本はマーティン・スコッセッシ監督の映画保存団体「ザ・フィルム・ファンデーション」とKADOKAWAの共同作業によるものである。『近松物語』上映には、KADOKAWAの角川歴彦会長、続いて復元作業の監修を務めた宮島正弘氏、そして撮影監督・宮川一夫氏の長男・宮川一郎氏の挨拶があり、主演女優、香川京子氏からのビデオメッセージも用意されていた。溝口監督の描く世界は今もまるで色褪せることなく、やはり圧倒的であった。尚、クラシックス部門に出品された三作品はすべて国際交流基金の助成を受けている。新品と比べても遜色がないと思われるほど美しく修復された映像に見入っているヴェネチアの観客の姿をみるに、助成の意義の深さを実感した。次年度以降も継続して欲しいと願うばかりである。

『近松物語』上映前に挨拶をする
宮島正弘氏(監修・写真中央)、
宮川一郎氏(撮影監督宮川一夫氏子息・写真左)
 



映画祭情報トップページへ