公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇ヴェネチア国際映画祭 2018/8/29-9/08
Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica
**受賞結果** | ||||
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金獅子賞 (最優秀作品賞) |
ROMA(メキシコ) by Alfonso Cuaron | |||
銀獅子賞 (審査員グランプリ) |
The Favourite (UK、アイルランド、USA) by Yorgos Lantimos | |||
銀獅子賞 (最優秀監督賞) |
Jacques Audiard for The Sisters Brothers(仏・ベルギー・ルーマニア・USA) |
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審査員特別大賞 | The Nightingale (オーストラリア) by Jennifer Kent | |||
最優秀男優賞 | Willem Dafoe (‘At Eternal’s Gate’ by Julian Schnabelでの演技) | |||
最優秀女優賞 | Olivia Colman (‘The Favourite’ での演技) | |||
最優秀脚本賞 | Joel Coen, Eathan Coen (‘The Ballad of Buster Scruggs’ ) | |||
LION OF THE FUTURE “LUIGI DE LAURENTIIS” VENICE AWARD (最優秀第一作監督作品賞) |
The Day I Lost My Shadow (シリア・レバノン・仏・カタール) By Soudade Kaadan | |||
MARCELLO MASTROIANNI賞 (最優秀新人俳優賞) |
Baykali Ganambarr (The Nightingale での演技) | |||
オリゾンティ部門最優秀作品賞 | NICO,1988 by Susanna Nicchiarelli | |||
GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT (生涯功労賞) |
David Cronenburg(カナダ) Vanessa Redgrave (英国) |
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JAEGER-LECOULTRE GLORY TO THE FILMMAKER (監督ばんざい!賞) |
Zhang Yimou (中国) | |||
Venezia Classici Awards 最優秀復元賞 | サン・ロレンツォの夜 パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ監督(伊, 1985) | |||
Best VR Awards 最優秀VR賞 | SPHERES(米・仏) | |||
Best VR Experience Awards 最優秀VR体験賞(INTERACTIVE CONTENT) | BUDDY DR(韓国) Chuck Chae | |||
Best VR Story Awards 最優秀Story VR賞 (LINEAR CONTENT) | L’il des Morts (フランス) Benjamin Nuel |
**概観**
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メイン会場前。 夜は華やかにライトアップされる。 |
第75回ヴェネチア映画祭はラインナップが発表されるなり、その充実ぶりが大きな話題となった。最も注目されるメインコンペティションの錚々たる監督たちによる作品群は言うまでもなく、クラシックやVRまで幅広く(とはいえ、上映本数は増え過ぎないように抑えている)行き届いたプログラミングは例年以上に見応え十分であった。
まずは一昨年『ラ・ラ・ランド』で鮮烈なオープニングを飾ったデイミアン・チャゼル監督の新作、『First Man』が開幕作品に選ばれ、前回同様、チャゼル監督と主演のライアン・ゴズリングを迎えて華々しく幕を開けた。そして『ROMA』,『The
Favorite』と傑作が続いた。数日後に開幕するトロント映画祭にも選出されている作品の多くは会期前半に上映されることが多く、この二作品もまさにその例である。今回のコンペティション部門の審査員長は昨年、『シェイプ・オブ・ウォーター』で金獅子賞を獲得したメキシコ人監督ギレルモ・デル・トロ氏、審査員団は(委員長含む)9名。内訳は男性4名、女性5名と女性が1名多かった。昨年と同数の21作品がコンペ部門に選出され、総じて非常に高レベルな作品群の中、最高賞(金獅子賞)に輝いたのはメキシコ出身監督アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA』であった。この作品に関しては、上映後も賛辞しか聞こえてこない状態で、主要な賞に絡むのは確実視されていた。キュアロン監督といえば、2013年にヴェネチア映画祭のオープニングを飾り、その年のアカデミー監督賞も獲得したSF映画『ゼロ・グラビティ』で知られているが、今作は一転して、1970年代のメキシコシティー市ローマ地区を舞台に、中流家庭のメイドの目を通して日常を描いたモノクロ作品。監督が自身の少年期を色濃く反映させたという。キュアロン監督と、審査委員長デル・トロ監督はともにメキシコ出身で、その仲の良さは周知のところであるが、今回の受賞は正当な作品への評価であることに誰も異議を唱えることはないだろう。銀獅子賞以下も、かなり下馬評と一致した順当な結果であった。今回のヴェネチアでの受賞作品の中で、来年2月に開催される米国アカデミー賞に絡むと思われる作品の多さは昨年同様であるが、今年のさらなる注目点は「ネットフリックス社製作作品」の問題であった。カンヌ映画祭は‘劇場公開の予定のない作品をコンペ部門に選出はしない’との姿勢を明確にしているが、ヴェネチア映画祭はまた異なるスタンスを取っている。その結果、同社製作作品もしっかりコンペティション入りし、金獅子賞と脚本賞に輝いた。‘ネットフリックス社作品が最高賞’であることを強調した記事も散見、配信ありきの(高レベルの)作品の処遇に関して一石を投じた形となった。
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ヴェネチア映画祭大回顧展が行われたホテル・デ・バン。 |
コンペティションやアウト・オブ・コンペ部門の大作や、スター出演作にどうしても注目が集まるが、ヴェネチア映画祭の充実はそれだけに留まらない。オリゾンティ部門も良質のドキュメンタリーや短編作品が目白押しであり、また近年、クラシック映画部門を重視する映画祭は増加の一途を辿っているが、‘ヴェネチア・クラシックス’部門は特筆に値する。学生審査員がVenezia
Classici Awards(最優秀復元賞)を決定するという仕組みがあり、シニア観客の多い上映会場にあって若手審査員25名の存在は新鮮であった。担当者によると名作をより良い状態の素材で「若者たちにも受け継ぎたい」という強い思いがあるという。日本から同部門には『赤線地帯』(溝口健二監督)、『恋や恋なすな恋』(内田吐夢監督)の二作品が出品され、好評を得た。昨年導入されたVR(ヴァーチャルリアリティ=仮想現実)部門は、前年の大成功を経て、バージョンアップ。日本からも二作品がエントリーした。
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会場周りの数か所に設けられていた テロ対策のためのチェックポイント。 とはいえ、ゆるい。 |
毎回感じることではあるが、ヴェネチアは世界でも有数の花も実もある映画祭であり、会場周りには多くの人が行き来していながらも、落ち着きと優雅さが保たれている。VR専用会場以外はどこも至近距離にあり、パス保有者は時間にそれなりの余裕をもって並びさえすれば作品を鑑賞できるシステム、年々改良される会場周りの休憩場所と食事情等々、概してとても快適に過ごせる映画祭である。そして客席や会場周りに若者層が多く、「若者の映画離れ」が全世界で進行中といわれる現在、希望の持てる光景として映った。
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年々、快適になる休憩スペース。 |
**日本映画**
日本映画にとっては少々寂しい回であった。アジア映画にとって、といった方が正確かもしれない。そんな中、塚本晋也監督の『斬、』がコンペティション入りを果たした。塚本監督とヴェネチア映画祭(もっといえばイタリア)との縁は深い。ヴェネチア映画祭で作品が上映されるのは8本目、うちコンペは3度目だという塚本監督。1989年に『鉄男』で長編映画デビュー以来、アクション・ホラーというジャンル路線で独自の世界観を築き、世界中に熱狂的なファン(映画監督も含む)を持つ監督としても知られている。北野武監督が『HANA-BI』で金獅子賞を受賞した1997年にはコンペティション部門で、また2005年にはオリゾンティ部門の審査員を務めている。映画祭最終日前日に、21本中最後のコンペ作品として上映された『斬、』。塚本監督にとって初めての時代劇で(監督自身も出演)、主演の池松壮亮氏らとともに公式上映に臨み、惜しくも受賞には至らなかったものの、約1200名収容のメイン会場・サラグランデを埋め尽くした観客や、批評家たちから非常に好意的に受け止められ、塚本ファンだというデル・トロ監督からの熱い講評も公開された。
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『斬、』レッドカーペット。塚本監督を迎えるヴェネチア映画祭ディレクター、バルベラ氏。 |
また特筆したいのはヴェネチア国際映画祭が実施している新進監督向け支援プログラム『The Biennale College - Cinema ビエンナーレ・カレッジ・シネマ』に日本人監督のプロジェクトが入選を果たしたことだ。同プログラムは2012年にスタートし、今年で7回目を数えている。第一次選考を通過した12の作品企画が映画祭期間中に発表され、国際プロジェクト9作品とイタリアのプロジェクト3作品が明らかになった。日本からは富名哲也監督の「Where
Were We?」(仮邦題「あちら、こちら。」プロデューサー/畠中美奈)が選出された。ヴェネチアで集中的に行われるワークショップを経て、最終選考に三作品(国際プロジェクトから2企画、イタリアから1企画)が選ばれ、その三作品にはそれぞれ最大製作費15万ユーロ(約2,000万円)が助成され、来年の同映画祭に間に合うように完成させる、という運びである。日本からは2015年に長谷井宏紀監督の『ビアンカとギター弾き』が見事選ばれ、日本での劇場公開も成功を収めたことが記憶に新しい。富名監督にも続いて欲しいところである。