公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇カンヌ映画祭 2019/5/14-25
  Festival de Cannes

 

**主な受賞結果**
パルム・ドール Parasite Bong Joon Ho
グランプリ Atlantics Mati Diop
審査員賞 Bacurau Kleber Mendonca Filho & Juliano Dornelles
Les Miserables Ladj Ly
名誉パルム・ドール Alain Delon
最優秀監督賞 Jean-Pierre and Luc Dardenne(for "Young Ahmed")
最優秀女優賞 Emily Beecham (in “Little Joe” )
最優秀男優賞 Antonio Banderas ( in “Pain and Glory”)
最優秀賞脚本賞 Celine Sciamma (“Portrait of a Lady on Fire”)
スペシャルメンション Elia Suleiman (for “It Must Be Heaven”)
カメラ・ドール Our Mothers Cesar Diaz
ある視点賞 The Invisible Life of Euridice Gusmao Karim Ainouz
ある視点・審査員賞 Fire Will Come Oliver Laxe
ある視点・審査員特別賞 Liberte Albert Serra
国際批評家連盟賞 ・Competition: It must be a Heaven Elia Suleiman
・Un Certain Regard: Beanpole Kantemir Balagov
・Director’s Fortnight: Lighthouse Robert Eggers
パルム・ドッグ賞 Brandy (in ‘Once Upon a Time in Holywood’)

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

 

 第72回カンヌ映画祭はジム・ジャームッシュ監督のゾンビ映画『The Dead Don’t Die』で開幕した。軽快なタッチで、随所で笑えてテンポの良い、オープニングにふさわしい作品であるが、はたしてコンペ部門が適切な作品なのだろうかという疑問は残った。映画祭開幕と同日に今作のフランスでの一般公開も始まったのも画期的であった。映画祭は昨年に続き、今年も火曜日からのスタート。なかなかこのリズムに慣れない。はじめの二日間こそ気温は低めながらも晴天であったが、それ以降は雨がちの日が続き、いわゆるカンヌらしい画が撮れない、と頭を抱えているメディアの人々もいた。天気予報を見るとパリ地方は冬に近い気温だったりと、5月はフランス全土が季節外れの寒さに見舞われていたようだ。

華やかなレッドカーペット。18時以降の上映に関しては正装が求められる。 

 今年のカンヌ映画祭の公式部門、特にコンペ部門の質の高さはここ数年でも随一であった。毎年残念な意味で目立ってしまう作品がなぜか何本かあるものだが、今年はそれがなかったと言って良いだろう。コンペ部門入りした21作品のテイストは多様であるものの、おしなべて高水準が保たれていた。そんな激戦の中、会期後半に登場したポン・ジュノ監督の『パラサイト』が圧巻の出来栄えで最高賞パルム・ドールを獲得した。批評家・観客の評価と審査員団(満場一致)の結論が一致した、幸福なケースであった。韓国映画として初の栄冠とのことである。各賞に関しては思うところはあったりもするが、それはもう仕方がない。アントニオ・バンデラスが主演男優賞を受賞したアルモドヴァル監督の『Pain and Glory』は最後まで有力候補であり続けた。カンヌ映画祭の常連としてコンスタントに出品し続けている同監督であるが、ここ十数年は低迷感が拭えなかった。それらを経ての傑作の誕生は喜ばしい。が、‘支え続けるカンヌ’は‘常連監督の優遇が取り沙汰されるカンヌ’でもあり、バランスに苦慮しているのはみて取れる。今回も常連監督と新進監督のバランスに配慮したラインナップであったと言えるだろう。審査員団は団長のイニャリトゥ監督含め、9名で構成され、ヨルゴス・ランティモス、パヴェル・パヴリコフスキ、アリーチェ・ロルヴァケルといった今をときめく監督たちが「選ぶ」側に回っていた。彼らを審査員団として集められるところもカンヌならではであろう。高レベルなラインナップのせいも多分にあったと思われるが、期間中はいわゆる「ネットフリックス問題」は言及されることはほとんどなかった。前回同様、今回もネットフリックス社の作品のカンヌ映画祭への出品はなし。動画配信会社の映画製作はさらに増加の一途を辿っており、ネットフリックス社同様に‘まずは配信が先’‘劇場公開をする作品もそうでない作品もある’ような会社がさらに増える可能性も大いにある。今後カンヌ映画祭がこの問題にどう向き合ってゆくのか注目される。

             
 ‘Once Upon A Time in Holywood’チーム。

 カンヌ映画祭(に限らず映画祭全般に言えることだが)は祝祭としての面も非常に重要なファクターである。華もなければならない。今回も世界的知名度を誇る人々のレッドカーペットでの姿がメディアを賑わした(なぜこの人が登場?という場面も多々あるが)。なかでもコンペティション部門作品の出演者として、「正式に」登場したタランティーノ監督作品一行が今回の目玉であっただろう。レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットという、今ではめっきり少なくなった世界レベルでのスター俳優の競演とカンヌの申し子ともいうべきクエンティン・タランティーノ監督。公式上映の際は人気のあまり、ここ数年は聞こえてこなかったチケットの転売疑惑や、チケットがあっても入場できなかった等々トラブルが発生する騒動が起こったりとなにかと話題を呼んだ。ディカプリオはその翌日、自身のプロデュースした環境問題に関するドキュメンタリーがスペシャルスクリーニング部門で上映されるにあたり登壇し、観客の問題意識を喚起した。’映画人’としてのめざましい活躍ぶりである。アラン・ドロンの名誉賞受賞や、『男と女』の50年後の話を描いた『Les Plus Belle Anne d’Une Vie』の上映に伴うクロード・ルルーシュ監督とアヌーク・エーメの登場といった往年のフランス映画(界)への目配りも忘れない。エルトン・ジョン伝記ミュージカルの上映も、エルトン・ジョン本人も来場して大いに盛り上がりをみせた。多方面への目配りと、時代感覚。VR部門も設けたり、昨年から若者向けに3日間のパスを出したり、と試行錯誤を続けるカンヌ映画祭である。監督週間は今年から新チームによる運営となり、そのラインナップに注目が集まったが、まだノウハウがつかめていないのか、予想に反してやや凡庸な選考に落ち着いていた。



 

カンヌ映画祭においては‘現役官僚はレッドカーペットを歩かない’という不文律があると聞いたことがある。が、今回はとある作品の公式上映に際し、CNC(フランス国立映画センター)の会長と文化大臣が、映画祭プレジデント、レスキュール氏とアーティスティック・ディレクター、フレモー氏と並んで作品関係者一同をレッドカーペットで迎えていたのに驚きを禁じ得なかった。カンヌ映画祭の大スポンサーは間違いなく国の機関であるものの、表に出てこないところに美意識を感じていたのであるが。まあレッドカーペットを「歩いて」はいなかったが・・。やはりこのあたりも時代によって変わるのだろうか。


レッドカーペットでゲストを迎える
ピエール・レスキュー氏(プレジデント/右)、
  ティエリー・フレモー氏(アーティスティック・ディレクター/左) 

**日本映画**


 今回は公式部門(コンペ、アウトオブコンペ、スペシャルスクリーニング、ある視点、シネフォンダシオン、短編)において、日本映画が皆無であった。記憶にあるここ20数年の中で初めてのことである。が、世界でも最高水準の作品が競い合う映画祭、そういうこともある。次回以降に期待したい。併設部門においては監督週間に三池崇史監督の『初恋』、吉開奈央監督の短編『Grand Bouquet』が出品された。過去に複数回出品歴のある三池監督は、緊張を隠せないキャストの中にあって落ち着いた面持ちながらも、観客の熱く、温かい反応に満足げであった。批評家週間部門では東日本大震災後に存在意義に悩む僧侶たちに題をとったドキュメンタリー、『典座〜TENZO〜』が短編(といっても59分)招待作品として上映された。曹洞宗の依頼により、富田監督が制作した、正確には‘ドキュドラマ’である。出演した曹洞宗青年会所属の僧侶の方々がカンヌの街を歩く様はやはり人目を引き、写真撮影を何度も求められたという。富田監督は過去の二作品(『サウダーヂ』、『バンコクナイツ』)がどちらもロカルノ映画祭のコンペ部門に出品されていることもあり、ヨーロッパの映画祭ではかなり知られた存在で、富田監督と出演者の僧侶の方々は‘リベラシオン’紙の紙面を大きく飾った。フランスでの公開も決定しているという。今年は各国の機関が立て並ぶ‘インターナショナルヴィレッジ’の中に日本の「ジャパンパビリオン」が5年ぶりに復活した。文化庁による出展である。日本映画の情報発信拠点としての役割の他に、日本映画関係の記者会見やパーティ会場としても活用され、来年以降もぜひ設けて欲しいとの声が多く聞かれた。『典座〜TENZO〜』上映後のパーティでは精進料理がふるまわれ、大いに盛り上がった。東京国際映画祭の審査委員長決定の記者発表もチャン・ツィー氏を囲んで行われた。ビーチと違って、天気に激しく左右されないのはやはり安心でありがたい。


『典座~TENZO~』パーティ@ジャパンパビリオン。精進料理がふるまわれた。


**男女比同数問題**


 ヨーロッパ全体で非常に活発化している「男女比同数問題」にカンヌ映画祭ももれなく反応している。開幕直前に’#5050 by 2020’と銘打って、「2020年までに映画界の男女比を50対50にする」ことを目指す姿勢を表明した。今年のカンヌ映画祭はおそらく初めて、作品の選考をはじめ、映画祭運営に関わっている主なスタッフを詳細に開示したプレスリリースを出し、スタッフの48%が女性であることを公表したり、公式部門出品作のうち女性監督率27%など、さまざまな男女比を発表した。コンペティション部門においては4本が女性監督によるものであったが、いずれも高水準でただ単に「女性監督だから」という理由で入ったのではないことに安堵した。昨今は女性監督作品が少ないと非難されがちであるが、かといってレベルの低い作品を妥協で入れるのもいただけない。映画祭側としても頭の痛い問題だろう。スポンサーであるKERINGが主催する’WOMEN IN ACTION’など数々のセミナーやシンポジウムも展開されていた。今年3月末に死去したアニエス・ヴァルダ監督へのオマージュが大々的だったのも、ポスターをはじめ公式ビジュアルに使用されたのもその流れだったのかもあったしれない。ヴァルダ監督が女性監督としてパイオニア的存在で、映画人から多大な敬意を払われていたのは言うまでもないが。コンペティション部門の9人の審査員のち、男性5名・女性4名とこちらもバランスの取れた配分であった。

今年のビジュアルはアニエス・ヴァルダ監督。
 


名誉パルム・ドールをアラン・ドロンが受賞するあたり、ドロンがかつて女性に暴力をふるったとされていたり、同性愛を否定する発言をしたことを問題視し、女性団体や人権団体から抗議の声が上がった。映画祭側は「この名誉賞はあくまでもドロンの俳優としての実績を讃えるもの」との説明のもと、賞は授与された。人格とキャリア。昨今日本において、罪を犯した俳優の出演作の扱いが云々されることに関しても言えることであるが、難しい問題である。
 マーケット参加者も含め、映画祭会期中は1万人以上の映画業界人がミーティングや上映に駆け回る。なかには諸般の事情で子連れ出張という人々もいる。そういった人々の声を受けて、各国のパビリオンが並ぶ会場の一角に、今回から小さな託児施設が設けられ、フランスのスタートアップ企業から派遣されたベビーシッターが常駐した。「Le Ballon Rouge(赤い風船)」という子育て支援プロジェクトの一環だという。施設の場所はカンヌ映画祭側が無償で提供し、映画会社からも協賛金が寄せられ、ベビーシッターの雇用費等に充てられた。ちなみにロカルノ映画祭、ベルリン映画祭にも託児サービスコーナーは存在している。公用語は英語なのだろうか、たとえば日本のお子さんなどは大丈夫なのだろうか、言葉が通じなくてもなんとかなるのだろうか、等々考えた。今回の成功と需要の多さを鑑みて、カンヌ映画祭によると「2020年はさらに規模を拡張する予定」とのことである。









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