公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ヴェネチア国際映画祭 2023/8/29-9/09
  Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica

 

**受賞結果**
金獅子賞
(最優秀作品賞)
哀れなるものたち(英国) Yorgos Lanthimos
銀獅子賞
(審査員大賞)
悪は存在しない (日本) 濱口竜介
銀獅子賞
(最優秀監督賞)
Io Capitane(Italy, Belgium)  Matteo Garone
審査員特別賞 Green Border(Poland, Czech Rep, France, Belgium)
Agnieszka Holland
最優秀男優賞 Peter Sarsgaard (‘MEMORY’ by Michel Francoにおける演技)
最優秀女優賞 Cailee Spaeny (‘ PRISCILLA’) (USA, Italy) Sofia Coppola
最優秀脚本賞 Guillermo Calderon , PABLO LARRAIN( EL CONDE by Pablo Larrain , Chile)
MARCELLO MASTROIANNI賞
(最優秀新人俳優賞)
SEYDOU SARR  (‘Io Capitano’ における演技)
LION OF THE FUTURE
“LUIGI DE LAURENTIIS”
VENICE AWARD
(最優秀第一作監督作品賞)
LOVE IS A GUN (香港 , 中国, 台湾
) LEE Hong-Chi
オリゾンティ部門最優秀作品賞 Explanation for Everything(Hungary) Gabor Reisz
GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT
(生涯功労賞)
Liliana Cavani (イタリア)
Tony Leoung War-Kai (香港)
JAEGER-LECOULTRE GLORY TO THE FILMMAKER
(監督ばんざい!賞)
Costa Gavras(ギリシャ・フランス)
Venezia Classici Awards
最優秀復元賞
お引越し(日本, 1993) 相米慎二
国際批評家連盟賞 悪は存在しない 濱口竜介
NETPAC賞 ほかげ 塚本晋也

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**


4年ぶりに参加したヴェネチア映画祭はコロナ禍から完全回復していた。ヴェネチア映画祭は2020年も含め、コロナ禍でも様々な対策を講じつつ映画祭は開催していた。4年前には工事中だったカジノ(上映施設やプレスオフィスなどを含む)もすっかり改装を済ませ、身ぎれいになっていた。

改修を終えたカジノ
  
カジノ内にあるプレスルーム。
天井が高く、広々としている。
  

今回の映画祭は長引いていたアメリカでの脚本家組合と俳優組合のストライキの最中での開催となり、その影響が懸念されていた。開幕作品がアメリカ映画からイタリア映画に変更せざるを得なかったのもそのひとつである。そしてハリウッドスターの来訪がかなり限定的である点も不安視されていた。が、終わってみればレッドカーペット等での華やかさがやや損なわれたのは確かであったが、極端な打撃ということでもなかった。ハリウッド俳優陣に代わって、人気も知名度も高い、いわゆる「スター監督」たちがトークショーなどにも積極的に稼働し、映画祭を大いに盛り上げた。そして今回もコンペ部門をはじめ、錚々たる作品が集まっていた。コンペ部門では、今回に限ったことではないが、米国アカデミー賞を視野に入れたであろう大がかりな作品から、芸術性で勝負の作品まで、予算規模も作風も多岐にわたる作品23本が並び、観る前から期待が高まるラインナップであった。そして実際、酷評された作品は見当たらず、高レベルであったといえる。デイミアン・チャゼル監督を長とし、ジェーン・カンピオン監督、ミア・ハンセン=ラブ監督などの9名から成る審査員団が決定した受賞結果はかなり順当で、金獅子賞(最高賞)はヨルゴス・ランティモス監督の『哀れなるものたち』の手に渡った。ランティモス監督は前作、『女王陛下のお気に入り』でもヴェネチア映画祭で監督賞を受賞している。かなりのインパクトと深みのある衝撃作で、会期序盤に登場し、最後まで話題の中心だったと言っても過言ではない。それに次ぐ評価を受けていたのは濱口竜介監督の『悪は存在しない』であり、こちらも大方の予想どおり、次席に当たる審査員大賞を受賞した。それ以外の結果も概ね予想を裏切ることはなく、監督賞の『イオ・カピターノ』(マテオ・ガローネ監督)、審査員特別賞の『グリーン・ボーダー』(アグニュシュカ・ホランド監督)はどちらも大御所監督による移民をテーマにした骨太の作品であった。


メイン上映会場、
サラ・グランデ前


生涯功労賞は『愛の嵐』を代表作にもつイタリア人女性監督、リリアナ・カヴァーニ氏と香港の俳優、トニー・レオン氏に贈られた。この賞を女性が授与されるのは初めてだという。トニー・レオン氏は出演した三作品(『悲情城市』、『シクロ』、『ラスト・コーション』)がヴェネチア映画祭にて金獅子賞を受賞しており、映画祭との縁も深い。贈賞にあたり、プレゼンターのアン・リー監督を前に感涙に咽んでいた姿が印象的であった。


ヴェネチア映画祭は他の多くの映画祭と同様、チケットを一般発売しており、チケットを入手しさえすれば誰でも映画を鑑賞できる。また、いくつかの種類のパスを発行しており、その中には学生向けパスも含まれる。おそらくそのパスを持っていると思われる若者の集団が会場のあちこちで見受けられた。ヴェネチアの優雅で敷居の高いイメージは守られている一方で、若いエネルギーも感じられるという良きバランスが生まれている。かねてから映画祭のパス保有者は、メイン会場内のカジノ裏にある船着き場と、ヴェネチア本島を結ぶ水上バスに無料で乗船できるという特典があったが、今回は市内の一部路線のバスも無料というありがたいシステムがあり、驚きを禁じ得なかった。

若者の参加者が増加している。
 

「パス保有者は列に並びさえすれば作品を観られるというのはとても助かる」といったことを4年前のレポートには書いたが、ヴェネチア映画祭もすべて事前の座席指定のオンライン予約に様変わりしていた。はじめは使い勝手が悪かい予約システムであったが、会期中に一度変更があって以降は快適で、やはり並ばなくて良いのは時間の節約になる。ただ、前の席の人次第ではかなり視界が阻まれるリスクも高く、身長が低い身としては悩ましいともいえる。とはいえ、総じて便利なシステムである。






**日本映画**

『悪は存在しない』:
スタンディングオベーションを受ける一同


毎年、少なくとも3−4本は日本の作品が上映されるヴェネチア映画祭であるが、今回は近年にない充実ぶりであった。コンペ部門の『悪は存在しない』を筆頭に、塚本晋也監督の『ほかげ』がオリゾンティ部門に、空音央監督の『Ryuichi Sakamoto-OPUS』がアウト・オブ・コンペティションに、またクラシックス部門でも『父ありき』、『お引越し』の二作品が選出され、存在感を示した。VR部門や、並行部門であるヴェニス・デイズにもそれぞれ二作品ずつエントリーされるという快挙。しばらく他のアジア諸国の作品群の中で少々影が薄くなっている印象があったが昨年・今年と、他の国際映画祭でも存在感を取り戻している。

『ほかげ』フォトコール。
左から
森山未來氏、
塚本晋也監督、塚尾桜雅氏

 
『Ryuichi Sakamoto | OPUS』
記者会見

9回目のヴェネチア入りとなった塚本監督はすっかり現地の人々に親しまれており、行く先々で「マエストロ!」と声を掛けられていた。『Ryuichi Sakamoto-OPUS』は息子である空音央監督による、故・坂本龍一氏の渾身の演奏を映したコンサート映画。6年前にドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto :CODA』が同じ会場で上映され、拍手を受けていた坂本氏の姿を思い出した観客もいたであろうと思われる。クラシックス部門では小津安二郎監督の『父ありき』と相米慎二監督の4Kデジタルリマスター修復版が上映された。『父ありき』は、松竹が保管していた原版素材(87分)と、ロシアで発見され国立映画アーカイブが収集した素材(72分)をもとに、それぞれの欠損部分を補ったバージョンで、1942年の公開時には94分だった作品が、92分まで蘇った。『お引越し』は93年の作品で、クラシックと呼ぶには新しい感じがしなくもないが、相米監督の再評価への一歩となったのではと思われる。『父ありき』『お引越し』両作品ともに濱口監督による丁寧な前説があり、作品に花を添えた。『お引越し』は最優秀復元賞にも輝いた。

『悪は存在しない』は、前作『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当した石橋英子氏からライブ演奏用の映像制作を依頼されたことがきっかけで出来上がった、いう独特の経緯をもつ(ライブ用映像は別途完成している)。今回のヴェネチア映画祭においては審査員大賞に加えて、外部の団体からの‘国際批評家連盟賞’の受賞も果たしている。ヴェネチア映画祭でのこの受賞により、濱口監督は三大映画祭及びアカデミー賞での受賞を果たし、日本のメディアでは「黒澤明監督以来の快挙」と大々的に報じられていたが、とにかく長く映画を作り続けたい、と謙虚に語る濱口監督の談話を頼もしく感じた。


『悪は存在しない』記者会見






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