公益財団法人川喜多記念映画文化財団

千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル

国際交流

映画祭レポート


◇第77回カンヌ国際映画祭 2024/5/14-25
  FESTIVAL INTERNATIONAL DU FILM DE CANNES

 

**主な受賞結果**
パルム・ドール ANORA Sean BAKER
グランプリ All We Imagine as Light Payal KAPADIA
審査員賞 Emilia Perez Jacques AUDIARD
名誉パルム・ドール Meryl Streep, George Lucas
最優秀監督賞 Migel Gomes(for『Grand Tour』 )
最優秀女優賞 Selena GOMEZ, Karla Sofia Gascon, Zoe Saldana, Adriana Paz
最優秀男優賞 Jesse Plemons ( for『Kinds of Kindness』)
最優秀賞脚本賞 Coralie Fragreat (for『The Substance』)
特別賞 The Seed of the Sacred Fig Mohammad Rasoulof
カメラ・ドール Armand Halfdon Ullman Tondel
ある視点賞 Black Dog Guan Hu
ある視点・審査員賞 The Story of Souleymane Boris Lojkine
国際批評家連盟賞 ・コンペティション:The Seed of the Sacred Fig Mohammad Rasoulof
・ある視点: The Story of Souleymane Boris Lojkine
・監督週間: ナミビアの砂漠 山中瑤子

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

 
賑わうレッドカーペット。
昼間の上映時は服装規制は緩やか

 カンヌ国際映画祭は今回で77回を数えた。3か月前のベルリン映画祭ではイスラエルとパレスチナとをめぐる問題が映画祭に大きく波及したが、このカンヌにおいては「映画祭は政治を論ずる場ではない」というティエリー・フレモー氏の声明もあり、ベルリンほどの正面からの大議論にはならなかったものの、もちろんカンヌほどの国際映画祭において政治問題をすっきり切り離せるものではなく、審査員や登壇者たちの発言や服装など、そこかしこに意思表明が見られた(ケイト・ブランシェットはパレスチナの旗を想起させるドレスでレッドカーペットを歩いた)。イスラエルパビリオンは普通に参加していた。開催直前までカンヌ映画祭のスタッフによる、労働環境をめぐってのストライキが発生するのではとの懸念があったが事なきを得た。映画祭直前や開催期間中に何らかの事情により上映中止に追い込まれる作品が出なかったことも良かった。その一方で、予想されていたように「Me Too運動」は再燃した。ブノワ・ジャコー、ジャック・ドワイヨンというふたりの著名監督からの性暴力被害を訴えている女優、ジュディッド・ゴドレーシュ氏の監督した短編『Moi Aussi(=Me Too)』が「ある視点」部門のオープニングを飾り、ゴドレーシュ氏に発言の機会が与えられた。目下、フランスではゴドレーシュ氏の他にも著名映画人からの性被害を訴える女性たちが後を絶たない。映画祭後同監督たちは起訴された。そしてやはり性加害を訴えられていながらもCNC代表の座に居続けていたドミニク・ブドナ氏がついに辞任に至るなど、フランス映画界でのMe Too運動は勢いを増している。また、『The Seed of the Sacred Fig』がコンペティション部門に選出されたモハマド・ラスロフ監督はイラン当局より有罪判決を受け、現在国外脱出中の身であるためカンヌ入りが危ぶまれたが無事に登場。驚きと喜びをもって迎えられた。同作は特別賞を獲得した。イランにおいては長きにわたり少なからぬ数の監督や俳優が政治的圧力のため亡命し、そのたびに映画祭で話題になり、映画人たちがイラン政府への抗議を訴えるシーンを幾度となく見られているが、この状況はいつまで続くのであろうか。

メイン上映会場「リュミエール」入場にあたっての禁止事項が書かれたボード

 名誉パルム・ドール賞(生涯功労賞)受賞者はメリル・ストリープ氏とジョージ・ルーカス氏に贈られた。どちらもハリウッドの重鎮である。ストリープ氏は開会式、ルーカス氏は閉会式の場で授与され、それぞれ場内を大いに沸かせた。閉会式でのルーカス氏への贈賞プレゼンターは、話題作『メガロポリス』がコンペ部門入りしてカンヌを訪れていた、盟友フランシス・フォード・コッポラ監督が務めた。映画界を牽引してきたレジェンドとも称すべきふたりが並ぶ図に会場からはひときわ大きな拍手が送られた。

             
『メガロポリス』公式上映。F・コッポラ監督の存在感は圧倒的であった。

 会期半ばまでは上映作品全般に低調であり、天候不順とも相まってすっきりしないモードが会場付近を支配していた。抜きん出た作品の有無が映画祭の雰囲気にも影響するのが興味深い。もちろん受賞結果が作品の出来とすべてリンクしうるわけではないが、結果として賞に絡んだ作品はほぼすべて後半に登場した作品であった。ここ数年は20年ほど前とは選ばれる作品の傾向が大きく変わっている。最近の傾向としてアート色の強い、いわゆる作家主義の作品が明らかに減り、コンペティション部門においてもエンターテインメント色の強い作品、ジャンル系の作品が目立つようになっている。また選出される作家たちの世代交代も明らかに進んでいる。例によって‘常連監督’は多いが、「ある視点」はもちろんのこと、近年はコンペ部門にも新人、もしくはそれに近い人々にも以前に比較すると格段に門戸が開かれてきている。









*受賞結果*


 昨年の話題作『バービー』が記憶に新しいグレタ・ガーヴィック監督を審査員長とする審査員団は今年も9名(男性4人・女性5人という内訳も昨年と同様)。トルコ人脚本家・写真家のエブル・セイラン氏、アメリカ人女優のリリー・グラッドストーン氏、フランス人女優のエヴァ・グリーン氏、レバノン人監督・脚本家のナディーン・ラバキ氏、スペイン人監督・プロデューサー・脚本家のフアン・アントニオ・バヨナ氏、イタリア人俳優のピエルフランチェスコ・ファヴィーノ氏、日本人の是枝裕和監督、フランス人俳優・プロデューサーのオマール・シー氏といった顔ぶれであった。今回、コンペティション部門22作品の中で最高賞パルム・ドールを受賞したのはアメリカのショーン・ベイカー監督の『ANORA』であった。(偶然に違いないのだが、アメリカ人監督が審査委員長の時はアメリカの作品が最高賞に輝くことが多い。イーストウッド審査委員長→タランティーノ『パルプ・フィクション』、デ・ニーロ審査委員長→テレンス・マリック『ツリー・オブ・ライフ』、タランティーノ審査委員長→マイケル・ムーア『華氏911』)。パルム・ドールに次ぐグランプリに輝いた『All We Imagine as light』はインドから30年ぶりのコンペ作品とのこと。ドキュメンタリー作品ですでに評価を得ているパヤル・カパディア監督の劇映画としては第一作にあたる。ムンバイを舞台に、映像美や女性たちの友情物語の中にインド社会に対する鋭くも明確な批評を提示し、好評を博した。審査員賞や女優賞を獲得した『Emilia Perez』、監督賞のミゲル・ゴメス監督(『Grand Tour』に対し)などいずれも受賞作品は下馬評も高く、順当といえるだろう。


**日本映画**


公式上映に臨む『ぼくのお日さま』チーム
(左から3人目から)
佐藤良成氏(音楽)・奥山大史監督
中西希亜良氏・越山敬達氏・池松壮亮氏

  
二階席の観客の拍手に応える
(左から)越山氏、中西氏、池松氏、奥山監督

  

 日本からの出品数は少なかったが、カンヌ初登場の監督の作品ばかりで新鮮であった。「ある視点」部門入りしたのは今作が長編二作目、商業作品としてはデビュー作になる奥山大史監督の『ぼくのお日さま』。出品作品の大半が新人、または二、三作目の監督の作品で占められるようになっている「ある視点」部門であるが、同作もまさにそのひとつであった。満員のドビュッシー劇場にて行われた公式上映には、今回の「ある視点」審査員長のグザヴィエ・ドラン監督や、是枝監督、「クィア・パルム賞」審査員のルーカス・ドン監督など錚々たる面々が詰めかけ、上映後の鳴りやまない拍手にチーム一同、大きな手ごたえを感じてたとのことである。フランスの監督協会が運営するカンヌ映画祭の並行部門、「監督週間」にはやはり長編二作目である山中瑤子監督の『ナミビアの砂漠』が選出された。加えてアニメーション作品『化け猫あんずちゃん』も監督週間入り。実写映像をトレースしアニメーションを描く「ロトスコープ」という手法が用いられた作品で、実写映画の経験豊富な山下敦弘監督とアニメーションの久野遥子監督による共同監督作品。公式上映2回のうち1回は「監督週間」にとっても初の試みとして地元カンヌの小学生180人を招待し、大いに盛り上がりを見せた。また、ベテランのアニメーション作家、山村浩二監督による短編作品『とても短い』も監督週間入りを果たした。『ぼくのお日さま』『ナミビアの砂漠』、ともに20代の監督な上に、若い出演俳優たちが多数参加していたことから、よりフレッシュさが目立った。カンヌ・クラッシクス部門へはほぼ毎年、往年の傑作日本映画のリマスター版が一本以上は入るのが常になってきている(日本からの応募は毎年多いと聞く)。今年は黒澤明監督作品の中でも世界中で絶対の人気を誇る『七人の侍』。カンヌ・クラシックス部門のトップバッターとして初日に上映された。


登壇する『ナミビアの砂漠』チーム
(左から4人目から)山中瑤子監督、金子大地氏
河合優実氏、寛一郎氏

作品以外の部分でも日本としての存在感はまずまずであったといえるだろう。スタジオ・ジブリが団体としては初めて、またアジア勢としても初めてとなる名誉パルム・ドールを受賞した。メイン会場であるリュミエールにて行われた受賞式ではスタジオ・ジブリの取締役で映画監督の宮ア吾郎氏が賞を受け、同社制作の短編4作品が上映された。カンヌ映画祭の常連である是枝裕和監督は今年は審査員として参加し、昨年、『PERFECT DAYS』にて主演男優賞を受賞した役所広司氏が今回は閉会式にプレゼンターとして登場した。俳優MEGUMI氏が中心となり日本映画を盛り上げるべく催された大規模なパーティーも話題をよんだ。日本映画の新しい生態系をつくる”ことを目標に掲げ、昨年設立されたK2 Picturesは、カンヌ映画祭開催中に記者会見を行った。岩井俊二、是枝裕和、白石和彌、西川美和、三池崇史という著名監督たちがプロジェクトに参加することから国内外からの会見参加申し込みが殺到した。日本でも大きな関心を寄せられている。



公式部門のポスターは黒澤明監督の『八月の狂詩曲(ラプソティー)』のワンシーンをモチーフにしたものであった。ここ数年はハリウッドやフランスの俳優が単独でビジュアルモチーフとして登用されてきたが、今回はかなり趣きが異なっており、詩情豊かで平和的、とても好意的に受け止められていた。また、監督週間部門の公式ポスターは北野武監督の絵が使用された。こちらはコミカルで洒落ていた。期せずして両部門ともに日本発であった。


青空に映える
『八月の狂詩曲(ラプソティー)』モチーフの
公式部門メインビジュアル

  
北野武監督による
「監督週間」メインビジュアル

  








映画祭情報トップページへ